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『生殖の海』第二章 「母として行く道」

『生殖の海』第二章 「母として行く道」

おほかたのうきにつけてはいとへどもいつかこのよをそむきはつべき

入道前后宮さきのきさいのみや


恨めしき宿世すくせと言はじよろこびのひとつかたちにいま去りぬべし

雲薄く匂ふばかりのしのゝめのほがらほがらと明けてゆく空

幸ひと知りもせざりしさいはひより思へばとほき歩みなりけり

とこしへにあれや桜の咲き盛るあはれなりける我が昨日けふ

きらきらと影ぞ洩り来る匂ひ寄すあゝこれやこの逢坂の関

散る花に添へ恋ごゝろこや夢と紛るゝものゝひと夜妻にて

ひとはいさ我れからものぞ乱れけむこゝろ思はずおもはれずなれ

きのふけふ空とぢ果つる五月雨は濃き橘をいや濃くぞする

おなじ月をふたゝびみたびあふぎ見るなべてうつろふものとこそいへ

うらむとて何を恨みむ憂き身をか逆さまにゆかぬ時をかゝへて

ふくらかに重るはらもて我れはいまあはれをとこはさてとこしへに

こゝろ憂き身なり我れなり我が世なり秋の夕べは露ぞくだくる

このまゝに胎裂け果てよ身も絶えねせめて宿世すくせを子ともろともに

死ぬばかり苦しび抜けばほど過ぎてげにも覚ゆる子の母となる

身ふたつになりやうやうと覚え初む強かれ我れに我が母を呼ぶ

子を持てば父とやはなる五月闇に忍び音交はす山ほとゝぎす

恨めしく思ふ思ふも思ひつふればやむべき外は五月雨

吹く風になびく常夏とこなつ思ひあまりひとの血を引く子を掻き抱く

かぎろひの心燃え立つうち臥して望まれざりし子をながむれば

くしけづる髪黒々と玉かづらかけて我が子の行くすゑのため

憂き世をば夢になすべく振り払ふすこしだけ悔ゆすこしだけ いざ

立ち尽くすひとを隔てゝながむれば我がし道もあはれなりけり

偽りと見じ愚かなるをとこなりさはれ我れだに我れを知らずて

をんなにも妻にもあらず母として我が行く道を照らせ月影

我がうちを過ぎし春風かへりみるなべてあはれと思ひ寝をしつ

花おもき桜はすこしみどりにて透けばきらめく風吹きわたる

宿世すくせとは我が定めけむ契りなればよき世なりけむよき世なりけり

薄雲のうすくなりゆくうたかたの移ろひ消ゆる世々の夕暮れ

悔いもあり恨みもいさやなべてみな夕べの風に雲とちぎれぬ

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『生殖の海』目次

序章 にほふマルボロ
第一章 のぼるけぶり
第二章 母として行く道
第三章 しづかなる海
第四章 明けぬ夜の闇
第五章 目を開けて
第六章 及ばぬ高きすがた
第七章 いのちひとつぶん
第八章 水底みなそこの死
第九章 母となること
第十章 我が暴れ川
終章 ひかりを添へて

あとがき


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