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君は、どんな「ものさし」をもっているの?

いろいろと考えすぎてお返事が遅くなってしまった。藤本です。若葉さんすみません、どうかお許しを。

さて、いただいていた質問は「評価経済社会について、どう思いますか?」というもの。

さて、その言葉知らないぞ、と思って調べるところからスタートしました。ふむふむ。なんとなくわかるようで、わからない。以下、勝手に論を展開しますことをお許しくださいませ。

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「評価」と言ったときにおそらく重要なポイントは「何に拠って評価を行なっているのか」という、評価基準そのものの話なのだろうと思う。

なぜならば、評価というものは非常に個人的な作業のように思われて、とても社会的な、あるいは他者から影響を受けやすいものであるからだ。

また、評価の測り方というものも難しい。ぼくも仕事をする中で数値化しやすい評価と、言語化さえ難しい、体感して初めてわかるというような評価があると感じている。評価と一言に言っても、その深度はまったく違う。

以前、個人のブログに「関係性をつくり、育むためのツールとしてのお金」ということを書いた。そうしたことは、今後加速していくように思う。

https://note.mu/fujimotoryo/n/n202e9c9d650a

そのことは、消費者が商品やサービスのことをあたかもつくり手かのように語れるようになることなのかもしれない。組織も消費の仕方も少しずつ、変わっていく。内と外の境界線があいまいになる。どこからがユーザーでどこからが提供者かわからなくなる。

おそらく「評価経済社会」ということの本質は、自己のものさしを磨き上げるということなのではないか、と問いをもらって思った。丹念に自分の言葉(コミュニケーション)で、自分自身と結びつけて対象を評価していく。でないと、数が集まっているからいいらしい、誰かが言っているからいいらしい、そういう扇動に敗れてしまうから。

さて、若葉さんへの質問。

プロジェクトやイベント、何かをつくり、進めていくときに失敗したことの話を教えてください。また、どう受け止め、どう学びにしたのかも教えてください。

山口若葉さんと藤本遼さんの期限付き(6月に行うイベント当日までの)交換日記。コミュニティやらデザインやらソーシャルやらについて、うだうだと語ります。