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【競争力強化を考える】#3 優秀な人材を逃さない組織作り

企業は人の集合体で、企業の競争力の根幹は人にあります。これに異を唱える人はほとんどいないでしょう。一方で、企業というものはともすれば「こんな技術を保有しています」や「こんな設備を持っています」あるいは「これだけ環境に配慮しています」とアピールをしたがります。私はこれらと同じかそれ以上に「これだけ優秀な人材がいます」や「これだけ優秀な人材の定着率を高める取り組みをしています」とアピールした方が良いと考えています。これはただむやみに一律賃金の上昇や福利厚生を厚くすべきといった話ではありません。企業には2種類の人材「仕組みを作る人材」と「仕組みで働く人材」がいます。そして企業が逃してはいけないのは前者です。前者に該当する人材がどれほどいて、なぜこの企業で働いているのかをアピールすることで、企業の継続的な成長の可能性を対外的に示すことができます。
これからの時代はあらゆるものが仕組み化(標準化)され、後者の人材間でのスキルの差というものがなくなっていきます。AIによって奪われる仕事・奪われない仕事の論争に近いと思われるかも知れませんが、むしろ前者はそのAIという仕組みすら生み出すことのできる人材です。破天荒や型破りな人間こそが企業にとって最も必要な資産なのです。
企業の持続性を支える収益、これを安定させるには常に革新的な製品やサービスといった仕組みが求められます。そう考えると「ブレイクスルーの起こせる人間」というのは「仕組みを作る人材」と同じであることが分かります。
「仕組みを作る人材」を見抜き、囲い込むためにはどうすれば良いのか考えていきましょう。
ここでは優秀な人材=仕組みを作る人材として定義します。


優秀な人材の見分け方

あなたの企業では優秀な人材を見抜くためにどのような取り組みをされているでしょうか。公的な資格の有無で判断されているところも多いことでしょう。少なくとも対象の分野についてなんらかの勉強をしていることが分かりますし、測定方法についても第三者が実施していることでほとんどの場合で不公平感がなく、一見すると適切な方法のように思えます。しかし私は優秀な人材を見抜くために資格の有無を問うのは企業の怠慢だと考えます。職務に必要なものとしてや人材の登用の際に用いるのは良い使い方ですが、資格の有無は本人の優秀さを裏付けるものではないからです。優秀な人材は間違いなく必要で希少ですが、必要であったり希少であるだけの人材は必ずしも優秀であるとは言えません。例えば「法によって事業所に必ず配置しなければならない資格」や「法によってその職務を行う際に必要な資格」というのは必要であったり希少である一方でその資格を持つ人全てが優秀であるとは言い切れません。ここを使用者や人事部門が適切に理解できず、優秀な人材を逃してしまうといったことはよくあります。せっかく企業の中にいるにも関わらず注意深く観察することをせず、資格に頼り機械的に判断するのは怠慢に他ならないということです。

具体的な方法

では、どのようにすれば優秀な人材を見抜くことが出来るのでしょうか。優秀な人材には「自発性」「継続性」「革新性」があるため、これらを見抜く取り組みが重要です。簡単な方法として社内に意見箱のようなものを置いて何かアイデアを募るということを提案します。ここでのアイデアとは「新しい製品やサービス」や「自社内の課題と解決方法」などが良いと思います。このようなイベントは周知はしても強制はしないことが重要です。こうすることである程度の自発性を見抜くことができます。次にそのアイデアが革新的かを判断します。実現可能性という視点だけでなく、そのアイデアが対象となる物事の本質から考えられているかを重視します。こうして選別されたいくつかのユニークなアイデアを発案者に実際に取り組んでもらいます。もちろん上手くいくことが望ましいですが、取り組みの際にはその姿勢や考え方へフォーカスして判断します。ここまでクリアできた人材は間違いなく優秀なので、どんどんアイデアを出してもらい会社の競争力を向上させましょう。
このような取り組みは本来マネージャーが部下を適正に評価できていれば不要ですが、現実的に全てのマネージャーがバイアスを除いた同様の評価軸で部下を測定することは難しいため追加で先述したような取り組みを行うことが好ましいと言えます。もちろんこのやり方が正しいとは言い切れませんので自社に合ったやり方で「自発性」「継続性」「革新性」を評価してください。

環境で差をつけよ

優秀な人材が見つかったところで次はどのように囲い込むと良いのでしょうか。離職率には賃金と環境の二つが大きな影響を与えると考えられます。以後有効な施策を考える上で前提として終身雇用(メンバーシップ型雇用)は持続しないものとして考えます。これについては本記事「余談:現代と未来の同一労働同一賃金」や別記事「【競争力強化を考える】#1 転職組は不利なのか?」でも解説していますので併せてご覧ください。

賃金はどうすれば良いのか

まず賃金についてですが、これは他の施策と比較して簡単に実施できる一方で、その額が大きくなるにつれて囲い込みに与える影響は小さくなります。内閣府の実施した「満足度・生活の質に関する調査」に関する第1次報告書では世帯年収2000万円〜3000万円が幸福度のピークであるという報告がされています。つまりこの年収を上回ると物質的な不足を感じることが極端に少なくなり生活のための労働というモチベーションが働かなくなるのではないでしょうか。年収2000万円〜3000万円までは積極的な賃上げで囲い込みを行いつつ、後述する環境の整備も同時に進めることで優秀な人材の定着率を大幅に高めることができると考えます。賃金を決定する際のスキル評価については職務記述書を用いた明確な職務範囲の設定と同一職務での他社との賃金比較などがあります。あるいは転職エージェントなどを積極的に活用し、対象者の市場価値を測定した上でそれと同等かそれ以上の賃金を提示することで賃金面での囲い込みは容易に行うことができます。これはNetflix社で既に行われており、先例があることからも一定の効果は期待できるでしょう。

優秀な人材が活躍する環境づくり

次に環境についてです。優秀な人材は向上心が高く、常に企業や社会にとっての最適解を追求しています。また、優秀な人材は自身や企業のパフォーマンスを最大化する方法について十分に考え要求をしてきます。そのため企業は統制を維持しつつ優秀な人材の要求を実現するため最大限の努力をする必要があります。それが企業の利益につながるからです。これについて注意しなければならないことは企業は時にその規模や特性、あるいは集団でいる事のバイアスから個々人よりも企業側が有利であると錯覚を起こすことです。無意識的に人材からの要求を”わがまま”と感じ、ごく少人数によって決定された事項を正しいものとして強制するのです。要求の合理性を検証し、もしそれを実現することでパフォーマンスを最大化することができるのであれば、やらない理由はないはずです。合理性の検証において特定の部門や限られたメンバーのみで行うと偏った意見しか集まらないためこじつけとも言えるような決着を行う場合もありますのでこの点も注意してください。具体的な例としてリモートワークや最新技術の研究などがあります。これらはよく求められると思いますが、統制に影響しない限りは認めてあげることが良いでしょう。ただし成果が見込めない領域や人材については安易に要求を飲むことは推奨されません。これらはあくまで優秀な人材を囲い込み、最大限のパフォーマンスを引き出すための施策であり、その対象は優秀な人材のみに限られます。当然のことですが企業は全てが優秀な人材のみで構成されているわけではありません。もし全ての人材の要求を受け入れるならばその時企業の統制は機能しなくなり、パフォーマンスは著しく下落することになるでしょう。

職場での待遇において差別的なものは一切容認されませんが、逆に画一的であることが差別的である場合もあります。これはEquality(平等)とEquity(公平)のどちらを優先すべきかという話にもなります。例として最もわかりやすいのがアファーマティブ・アクションではないでしょうか。アメリカの大学入試ではこのアファーマティブ・アクションにより人種ごとに修正ポイントというものがあります。黒人であれば大幅に加点し、アジア系であれば減点するといった調整が行われているのです。人種によって各人の生い立ちを一概に推定することはできないですが、有意な傾向がある場合は特に公共性の高い分野においてアファーマティブ・アクションにより生い立ちが原因の格差を是正することができるのであればデメリットをメリットが上回る場合も考えられます。一方で同様の生い立ちであるにもかかわらず、人種による修正ポイントで入試の合否が逆転してしまうようなケースが発生してしまうと、それは逆に差別的であるとも捉えられます。つまり、是正すべき格差というのは各人によって大きく異なるにもかかわらず、ひとまとめにし公平を追求することでかえって差別的になるということです。
多くの日本企業では”足並みを揃える”ことを重視した人事制度が運用されています。これはまさに集団をひとまとめにし公平を追求することでかえって差別的になっている例です。優秀な人材を優遇することは差別的ではなく、むしろ画一性を求めて他の人材と同様の評価や待遇の中でパフォーマンスを求めることこそが差別的であるということです。日本企業にはほとんどの場合で勤続年数や年齢、あるいは職務に関係のない事項などを言い訳にし、実際には変化に対する消極的姿勢によってのみ支えられている足並みを揃えた人事制度という悪習があります。これは公益性のためではなく終身雇用を維持するためのもので、これを悪習と言い切るのは前提にもあるとおり終身雇用という仕組みそのものが崩壊しつつあるためです。本人のスキルによって昇格が決定されているように見える仕組みは多いですが、実態としては他の社員からの不満を恐れて勤続年数や年齢に大きな影響を受けているケースがほとんどです。評価制度がある程度機能していれば不満は起こりませんし、それでも起こる不満というのは生産性の向上ではなく終身雇用制度の年齢昇級のようなものでのみ自身の評価を高めようとする個人の怠慢が引き起こす問題です。そして、そういった人材の質や評価制度といったもので構成される企業文化はそこで働く人にとって賃金と同じくらい重要なものです。悪習を放置することは積極的な人材の活躍を否定し、消極的な人材のみが企業にとどまることを意味し、優秀な人材の深刻な流出を引き起こす致命的な問題へ発展する可能性が極めて高いです。

長くなってしまいましたが、優秀な人材の要求する環境を整備することは囲い込みにおいて重要で、その際に発生する他の人材との待遇の差というのは差別的ではなく、むしろこれを否定する方が差別的で、そういった企業文化は囲い込みにおいてマイナスの影響を与え、優秀な人材の流出にすらつながる可能性があるということです。

賃金によって差をつけることは可能な一方で、あるレベルを越えると囲い込みにおいて与える影響は小さくなっていくとも考えられるので同様に重要な環境の整備も併せて行うことで強力な囲い込みを実現しましょう。

余談:現代と未来の同一労働同一賃金

日本においての同一労働同一賃金は雇用形態による待遇格差の是正であり、グローバルな視点でのそれは性別や信仰による待遇格差の是正です。若干ターゲットは異なりますがいずれも同一の職務である場合は説明のできない待遇格差をなくすべきだという主張に違いはありません。これは労働者のモチベーションに大きく影響し、結果的に企業の生産性を低下させる深刻な問題です。そのため企業には速やかな対応と是正が求められますが、人事制度を再構築する際により遠くの未来を見据えた設計を行うことを推奨します。より遠くの未来については推測でしかありませんが、私はいずれターゲットを限定しない同一労働同一賃金の流れがやってくると考えています。そもそものコンセプトから考えると当然の予測ですが、たとえば日本では現状同一の雇用形態の間の待遇格差については問題とされていません。これは日本企業の大半で導入されているメンバーシップ型雇用がもたらす弊害によるものです。メンバーシップ型であるため職務の範囲が不明確で成果や成績を正常に測定できず、明確な根拠を持った人事評価を行うことが難しくなっています。その代表例が「残業をたくさんする=よく働いて素晴らしい」のような思考です。職務の範囲で最大のパフォーマンスを発揮することが望ましい姿であるにもかかわらず、その範囲を明確にできないために成果目標も不明確で、確実に見える労働時間という数字で良し悪しを判断してしまうのです。他にも「アルバイトは正社員と比較して責任範囲が狭いのだから同じ仕事をしても給料は安くて当然」といった考え方も問題です。そもそも責任といった不明確な言葉で本人の価値を高めているのがおかしいです。責任とは何なのかを突き詰めて考えると異常性に気づきます。ニュースなどでよく見る責任をとっての退任や降格というのは責任をとっているのではなく懲罰を受けているだけです。もし責任という職務があるならば退任することであると定められるはずがありません。おそらくそこには「問題が発生した際に迅速に行動し復旧を行う」などと書かれていることでしょう。つまり責任というのは社会人である以上全員に等しく課せられているものであり、その大小というのは職務によってのみ決定されるもので同一職務でありながら責任の大小という根拠で待遇に差を設けるのは不適当だということです。
これらのことから同一労働同一賃金が本質的に広まるということは職務を明確にする必要があるということです。むしろ職務を明確にせずメンバーシップ型を続けるということは待遇格差を容認していると捉えられる可能性もあります。人事制度というのは企業のパフォーマンスに大きく影響するもので、常に労働者ファーストで考えなければなりません。

最後に

お金だけを目的に働く人は年々減っているようです。しかしそれは低賃金でも良いというわけではなく、物質的に満たされるまでは同様にお金も必要になります。現代の日本では年収700万円ほどあれば日常生活で不自由を感じるシーンは大きく減るでしょう。つまりこのあたりまでは必死に昇給させないと常に離職の大きなリスクがあるとも言えそうです。同時に環境の整備を行わないといけないこともあり、企業にとっては厳しい時代がやってきているのかもしれません。少し厳しい言い方をすると今までその問題を直視してこなかった企業にも責任があります。近年の日本人の国民性的に労働争議は好まれていないため、内在的な不満については企業も気付きにくかったのかもしれません。最近では義務教育での英語教育がどんどん進んでおり、そういった世代が主戦力になるスキルを得るまでに改革を完了させなければ希望就職先が外資あるいは海外ばかりになり、いよいよ企業も国力も衰退の悪循環に陥ってしまう最悪のケースも考えられます。賃上げについても初任給の引き上げが目立ちますが、内部の評価テーブルとの整合性はどうなっているのでしょうか。一律賃上げでは初任給を大きく上げることはできませんし、初任給だけを大きく上げると採用後の昇給ペースを落とすか、既存社員よりも新入社員の方が賃金が高いといった不整合が起こってしまいそうです。初任給が高く、昇給ペースが遅いのであればジョブ型雇用に近づいている気がします。いずれにせよ近年の賃上げ圧力によって終身雇用は続けられないのではと思います。本当に労働者のことを考えているならば年齢や生い立ちで判断されるべきではなく、今発揮しているパフォーマンスやスキルで評価すべきで、これによって生まれる待遇の差はある意味で他の労働者のインセンティブにもなるのかもしれません。

参考
*満足度・生活の質に関する調査 - 内閣府
https://www5.cao.go.jp/keizai2/wellbeing/manzoku/index.html
*Netflixのカルチャー: さらなる高みを求めて
https://jobs.netflix.com/culture

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