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1/5 『鑑定士と顔のない依頼人』爆笑解説ゲームブック 〜あらすじ紹介と取扱説明書〜 ※順次更新中

✨はじめに

絵画から恋愛、実人生に至るまで、真贋を巡る問いかけが幻想の淵に幾重にも折り重なっていく。『鑑定士と顔のない依頼人』(2013)は、尽きせぬ謎と魅惑を湛えた極上のミステリー映画に仕上がっている。全編に流れるのは、「ニセモノのうちにもホンモノが宿る」という逆説的なテーマであり、この主題はいくつもの変奏曲となって複雑なメッセージを伝えてくる。



✨あらすじ紹介(ネタバレなし)

初老に差しかかった独り身の紳士ヴァージル・オールドマン(ジェフリー・ラッシュ)は、たしかな知識と高い教養を兼ね備えた一流の美術品鑑定士だが、目的のためなら手段を選ばぬ冷淡な人物。つつがなくオークションを執り行う一方、長年の友人ビリー(ドナルド・サザーランド)をサクラとして潜入させ「最上の品」=“best offer”を競り落としたり、裕福なご婦人方の無知につけこんで真贋の判定を偽るなど、日常的にグレーな行為に手を染めている。周囲からは極度の潔癖や人嫌いとして恐れられているが、実は背後に巨大な孤独を抱えており、隠し部屋に収蔵した古今東西の女性肖像画を眺め入るのが唯一の楽しみだ。
そんな彼の元に、ある日奇妙な依頼の電話がかかってくる。電話の主、イベットソンと名乗るその女性(シルヴィア・フークス)は、「屋敷にある美術品を鑑定してほしい。その際にはぜひともヴァージル氏にお願いするよう父に言伝てを受けた」と言うが、当人に思い当たる節はなく、上ずった声の調子や性急な口調から察するに、どうやらかなり情緒不安定であるらしい。
不審に思ったヴァージルは依頼をつっぱねるが、「たった今事故にあって、あたり一面血まみれで·····」と自殺をほのめかすような電話の内容に辟易し、しぶしぶ鑑定に応じることに。ところがいざ呼び出された場所に向かってみると、屋敷の内部は人が住んでいるとは思えぬほどに荒れ果てており、なぜかイベットソンはいっこうに姿を現さない。屋敷の管理人フレッド(フィリップ・ジャクソン)によれば、“お嬢様”はある特殊な病気にかかっており、外に出ることができないのだという。彼女がヴァージルとの直接の対面を避け、屋敷内の隠し部屋から電話を寄越したり、壁に穿たれた覗き穴越しに交渉を進めようとすることには、こうした事情が関係しているようだ。
かつてない非礼な待遇に苛立ち、同時に状況の不可解さに疑念を深めるヴァージル。しかし、イベットソンとの邂逅を重ねるうち、自分と同じ孤独なその境遇に思いを寄せ、謎めいた魅力の虜となっていく。
時を同じくして、屋敷内の美術品の調査に当たっていたヴァージルは、不自然な形で床に置かれたゼンマイのような部品を発見する。なにかの機械装置の一部らしいそれを、伝説のからくり職人ヴォーカンソンが製作したと言われる夢の自動人形=“オートマタ”のパーツではないかと考えた彼は、腕利きの修理工トム(ジム・スタージェス)のもとを訪れ、その復元をひそかに依頼する。ヴァージルとは反対に誰にでも愛想がよくハンサムな彼のもとには、女性からの修理依頼が絶えないようだ。恋に奥手なヴァージルは、いつしかそんなトムにイベットソンとの関係を赤裸々に告白し、アドバイスを求めるようになっていく。
かくして老鑑定士の生涯初めての恋は順調に推移していくものと思われたが、ある時、転機が訪れる。イベットソンの秘密を知りたいあまり隠し部屋から出てくるところをこっそり覗き見ていたヴァージルは、そのことを本人に知られ、手ひどい拒絶を受けてしまうのだ。これを機に二人の関係は大きく動き出し、通常では考えられないような出来事が頻発する。外出できないはずのイベットソンが謎の失踪を遂げたり、土砂降りの雨の夜ヴァージルが暴漢に襲われたり·····。あまりにドラマチックな事件の渦中にあって、ただでさえ女性に不慣れなヴァージルは、仕事もろくに手につかぬまでに憔悴し、もはや後戻りのできぬ恋の泥沼へとはまりこんでいく。
一方、例の自動人形=“オートマタ”の部品は、イベットソンとの邂逅の度にひとつ、またひとつとその数を増していき、トムの助力を得て復元へと向かう。はたしてこれは、ヴァージルに己の正体を暗示するためのイベットソンからのメッセージなのだろうか?
運命の恋と幻の自動人形、二つの歯車が複雑にかみ合いながら進行し、ついに“完成”を迎える時、鑑定士の人生を一変させる衝撃の真実が明らかとなる。



✨落下する物語、あるいは本文のおしながき

待っているのは驚愕のどんでん返しだ。
それまで様々な可能性を示唆しつつミステリアスで寓話的なムードを保っていた本作は、真相が明かされるに至って一転、残酷で身も蓋もない話へと変貌する。朽ちかけた宏壮な屋敷、老鑑定士と神秘の美女、目も眩むばかりに壮麗な美術品と夢の自動人形·····幻想小説やゴシックホラーを思わせる文学的な道具立ての数々に気を取られるうち、観客は思わぬ角度から不意打ちをくらうことになるだろう。
振り返ってみれば、こうした意匠がミスディレクション(真相から目を逸らすためのダミーの手がかり)であったことは明らかだが、より重要なのは、それがわれわれ観客にとってのみならず主人公ヴァージルにとってもミスディレクションとして機能している点だろう。なんのことはない、安い芝居に神秘のヴェールを被せていたものは、謎めいた女性イベットソンの存在ではなく、老人ヴァージルの無垢な期待、広い意味でのスケベ心だったわけだ。発端と終結のあわれなまでの落差によって、われわれは深い絶望と喪失の感情を受け取ることになる。
本作の肝は、したがって、こうした聖から俗に至る物語趣向のダイナミックな反転、汚れなき魂が打算的な悪の前に敗れ去る劇的な展開にこそあると言える。いわば『鑑定士と顔のない依頼人』は、真相の開示を挟んで、対照的な作風を持った異なる二つの映画によって構成されているのだ。主人公と観客がさまざまな幻想を投影しつつその展開を予想していたニセモノの映画、そして、後半で真実が明らかになることによって立ち上がってくるホンモノの映画。
以下では、後者の“映画”を『スケベジジイを成敗するオーシャンズ5』、前者の“映画”のうち特に筆者が想像する完成形を『機械仕掛けのプラハと未来のイベットソン』と名付け、それぞれ別種の映画として読み進めていくこととしたい。
必然的に、思いっきり俗的に振り切った読み解きと、ヴァージルの心理を反映した神秘的な仮説の二つが展開されることになるだろう。その合間で劇中印象的に登場する絵画作品の意味するところについて考察を加え、最後に本作とよく似た構造を持つ映画『マッチスティックメン』との比較を試みることで仕上げとしたい。
このような目的から、本文は以下の四つのパートによって構成されることになる。

《 side A 》  俗なるホンモノ  〜スケベジジイを成敗するオーシャンズ5〜


《 side B 》  贋作1  〜なぜ五人?絵と目にまつわるエトセトラ〜

※Coming Soon!

《 side C 》  聖なるニセモノ  〜時計仕掛けのチェコと未来のイベットソン〜

※Coming Soon!

《 side D 》  贋作2  〜『マッチスティックメン』との比較において〜




いずれのパートも互いに独立した読み物として楽しめるようになっている。また、内容には重複がなく、連続性もほぼないため、どのパートをどんな順番で読み進めようと読者の自由である。ただし、四つすべてのパートを読み終えた暁には、愛と勇気と微笑みが四百倍にアップしていることは保証しておこう。
さて、それでは一筋縄ではいかぬ映画の世界をゲームブックのようにお楽しみいただきたい。


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