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雨しみてのぞむ月夜に 往にし君

人知れず演出助手をしています。
この度、制作舞台の情報が解禁されるとともに、クラウドファンディングが実施されました。

公開からまだ数日ですが、すでに多くの方にご賛同をいただいております。

[追記:この度、クラウドファンディングの目標金額を達成しました!引き続き公演の成功を応援いただければ幸いです。]

秩父市出身の脚本家兼演出家・菅沼啓紀さんのもとで、演者の皆さんが既に稽古を始めています。

悲しみを閉じ込める人々

「大切な人を失ったとき、その喪失にどう向き合えばいいのか」

READYFOR 『雨夜の月』プロジェクト本文より

本公演のテーマであるこの問いは、あまり考えたくはないものですが、誰もが直面しうる可能性があります。

現代の日本人は、近親者との死別後、その悲しみをありのままに表出する習慣を持ち合わせていないそうです。

しかし、それは決して感情が鈍感になっているという意味ではありません。
死別による喪失を経験した人々は、特に心に関して、確かに悲しみに対して反応を示しています。¹

泣き叫ぶこともなく、誰かに癒しを求めることもなく、
ただ、大切な人への思慕の念を強めながら、人知れずひっそりと涙を流す人がいます。

たとえそうすれば暗鬱な気分がすっきりするような気がしていても、見境なく泣き叫び、辺り構わずすがりつくことは簡単ではないでしょう。

グリーフケア (Grief care)

では、押し寄せる悲嘆の波をどうすればよいのか。

一つの解決策に、グリーフケアという方法があります。

「グリーフ(grief)」とは「喪失をともなう悲嘆」であり、それをケアすることです。
このケアは、英語本来の"care"よりも外来語としての意味が濃いと思われます。

つまり、喪失をともなう悲嘆を経験した人が、通常の状態を維持するための手段と言えます。

喪失は死別に限らずパートナーとの離婚や失恋も含まれますが、日本では一般的に死別における遺族ケアの同義語として使われています。²

『悲しみとともにどう生きるか』には、編著者の入江杏さんが主催する「ミシュカの森」での講演や寄稿が収録されています。
「ミシュカの森」は、悲しみの発信を通じて、再生を模索する方々のネットワークです。

まさに現代の日本人が不得手とする悲しみとの向き合い方を、入江さんは自身のご経験をもとに伝えています。

今の自分自身は悲しみにふさぎ込むといった状況にありませんが、もしグリーフに直面しなければならなくなった時には再度読もうと思っています。
もし身近にグリーフ=喪失を伴う悲嘆を経験した人がいたら、勧めたいと考えている一冊です。

生ある者は必ず死あり

本著を読んでいて、「生死一如(しょうじいちにょ)」という仏教用語を知りました。
生と死は表裏一体であり、生と死に境界はないという教えです。

そもそも仏教では人生のことを「生死」と呼ぶそうです。
生きていくには、死を視野に入れることが求められているのでしょう。

しかし、自分の死と他人の死は違います。
自分の死後、天国か地獄に割り振られるか、永遠の暗闇になるか、輪廻するかは形而上的な話です。

一方で、大切な人を失ったとき。
自分が残された側になったとき、どのように生きていけばいいのでしょうか。
果たして生死一如として、死者に接することが出来るでしょうか。

死は生の対極としてではなく、その一部として存在している。³

『ノルウェイの森』における代表的なフレーズにも、生死を同一視する姿勢が観られます。

村上先生の愛読するJ・D・サリンジャーも生死の境界をあいまいにする試みが見られます。
ですから、この一文あるいは『ノルウェイの森』を通して、また村上先生の作品の随所にサリンジャーと同様の思想を踏まえていると推測します。

サリンジャーの名作"The Catcher in the Rye"(邦題:ライ麦畑でつかまえて)も、死別を伴う喪失を通じ、大切な人に向き合うに至るまでの少年が描かれています。

私がこれらの小説を心に留めているのは、
「己を失うより恐ろしい、大切な人の喪失」に直面したときへの備えのためであるような気がしています。
自分がその状況に置かれた場合のみならず、誰かがその状況に置かれた場合にケアができるように。

雨が降る夜に月を望む

新作舞台『雨夜の月』は、「大切な人を失ったとき、その喪失にどう向き合えばいいのか」を考えるために作られた作品です。
やはりそこには生と死の境界を除こうという試みがあります。

生と死や相反する価値観が衝突し融和する、感傷的な抒情劇。

『雨夜の月』公演概要より

悲しみからの回復方法に正解はありませんが、きっとこの作品が自分から失われたものと向き合う一助になり得ると思います。

今回、このプロジェクトではクラウドファンディングを行っています。

改めて本企画へのご賛同、来年1月の本公演への応援を何卒お願いいたします。

 [追記2:新作舞台『雨夜の月』は無事に終了しました!よろしければ、下記記事をご参照ください。]


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¹宮林幸江,「日本人の死別悲嘆反応―グループ療法の場を活用 した記述の分析」,公益社団法人 日本看護科学学会,『日本看護科学会誌』,25巻3号,p.90,2005.

² 一般社団法人日本終末期ケア協会,「グリーフケアとは」,JTCAゼミ,2019-11-01, https://jtca2020.or.jp/news/cat3/griefcare/ (2022-09-22参照).

³村上春樹,『ノルウェイの森(上)』,講談社,p.54,2004.


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