名前のない坂
皆この急な坂が嫌いだ
自身を世界の中心だと考え呼吸をしている
数々の人がこの坂に
沢山の名前を与えた
しかしこの坂はその全てに反発し
揶揄した
柿の木が近にあるもんで「柿坂」と名付ければ
元気な筈の柿の木が次第に枯れていき
侘しくなった
野良猫が多くいた為「猫坂」と名付ければ
辺り一帯の野良猫がバタバタと倒れだした
困った近所の者が縁起の良い名にしようと
「幸坂」という名を与えたら
屁理屈なもんで
近所で火事が起きこの土地から幸福を奪っていった
かといって「不幸坂」や「火事坂」といった
名で呼べば その名の通りの事情が訪れるだろう
やがて皆はこの坂に名前を付けるのを辞めた
この坂には触れるべからず
その話を聞いた隣町の和尚が
坂を登ると
坂は嫌がり地震を起こした
和尚を転び転がり落ちそうだ
和尚は堪らず膝をついた
地震が少し緩やかになると
和尚はまるで子をあやすが如く
「神の坂 神の坂 寿 寿 神の坂」
と坂に手をやり笑顔で撫でた
坂は機嫌を良くすると
だんだんと坂の角度がなだらかになった
皆は和尚に感謝した
しかしその後 この坂を
「神坂」と呼ぶ者はひとりとしていなかった
一度味わった恨みはそうそうに
消えるものじゃあないから
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