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変化し続けるということ

先日行われた星野源さんの、イエローマガジン購入者限定の配信ライブ宴会鳳凰編を観た。
今までライブで歌ったことのない曲や、何年も歌ってなかった曲を中心のセットリストは、大いにファンを喜ばせた。

逃げ恥が放送され始めた頃、たまたま彼のミュージシャンとしての人気を知り、そこから興味をもったことが、ファンになったきっかけだった。
実は、その前から、内村光良さんが中心になってしていたNHKのLIFEという番組をで、コントをしていたことは知っていた。ただ、その時はあまり存在感があるという感じではなく、むしろ共演していたムロツヨシさんの方がオーラを放っていた気がする。
それが、SUNという曲をリリースして、ヒットチャートに乗ったあたりから、メキメキと頭角を表し、恋(逃げ恥の主題歌)で爆発的ヒットを放ち、圧倒的な存在感を見せるようになったことは、多くの人が知っている。
ただ、私自身は、彼を歌手(彼は作詞作曲編曲もするので、歌手という肩書きではなく音楽家と標榜している)ではなく、コントをするひと、役者として見ていたので、正直、ちょっと戸惑いながら、恋を聴いていた時期がある。
なのになぜか、「歌手なのに、どうしてコントなんかするだろう」と、思った記憶もあって、そこのところは、漠然としていまだにはっきりしない。

「恋」が大ヒットしてからの快進撃もすごかった。続け様にヒットを放ち、紅白にもSUNの時から、ずっと出場し続けている。
ただ、ヒットを飛ばし続けるなか、いろんな声も聞こえてきた。
特に多かったのが、初期の頃の歌の方がよかった。

デビュー曲や、それ以降に出した曲を聴いてみると、確かに初期の頃の歌い方と、SUN、恋以降の曲の傾向、歌い方には違いがある。
素朴な淡々とした歌い方から、リズムに乗って声を張った歌い方に変化してきていた。さらに、CDを聴いてみて気がついた。Family Songからまた、一段と変化していた。最初聴いたときに、あれ?と思ったのだが、確信は持てなかった。しかし、ある時、ある音楽評論家が、同じことを記事に書いているのを読んで、確信した。やっぱりそうだったのだと。
憶測でしかないが、もしかしたらボイストレーニングを始めたのかも。とにかくそのあたりから、変化が起こっていたのは確かなようだ。
そして、去年の4月にリリースした不思議で、また大きな変化を見せてくれた。

ただ、私自身、あまり音楽のジャンルは詳しくない。彼の音楽を聴くようになり、彼のラジオを聞くようになって、初めてブラックミュージック、ヒップホップ、R&Bに触れ聴くようになったり、不思議にしても、独特なリズムであることはわかっていたが、たまたま数ヶ月間ボイトレで歌ったこと、ボイストレーナーさんがライブ映像を観て「めちゃめちゃR &Bじゃないですか」と言ったことで、そうなんだと知ったくらい疎い。

2018年の恋のリリースから、わずか3、4年でこんなに変化したミュージシャンは、珍しいかもしれない。というか、本来の彼は、以前からブラックミュージックや、R &Bなどを指向してしていて、恋の大ヒットがきっかけで、そちらの方向に向かっていきやすい環境が整ったとも受け取れる。

そんな風に、変わっていけばいくほどに、素朴な歌い方をしていたあの頃の方がよかったという、昔からのファンの声が根強くあった。音楽性が変わったという理由で、ファンをやめるという声も、少なからずあった。

そんな状況を目にして、思い出したのが、星野富弘さんだった。
星野さんは、学校の体育の先生をしていて、ある時、鉄棒から落下。
頚椎損傷で首から下が麻痺するという悲劇に見舞われた。
それが数年後、口に絵筆を咥え、絵を描き始める。
さらに、そこに詩を添える作風が評判となり、たくさんの詩画集を出版。グッズのカレンダー、絵葉書などもたくさん発売されれるようになった。
私も好きで、よく買い求めていた。

展覧会も開かれ、何度か友人と観に行ったことがある。
あるとき、そのなかのひとりの友人が、彼の絵を見ながら、「今よりも数年前の絵の方が好きだなぁ、あの頃の方がよかった…」と話すのを聞いて、居た堪れなくなったことがあった。

口に絵筆を加え創作活動をしている彼。
決して楽な作業ではない。どれほど日々、肉体を酷使しているか、汗を描きながら描いているか想像しただけで、胸が熱くなる。

この友人は、そうした毎日の積み重ねが、今の画風になっていることに気づいているだろうか。それを想像することなく、以前の方がよかったという無神経な言葉に、私自身が傷ついた。

ジャンルを問わず、どんな表現も、鍛錬、努力を続けていくことで、自ずと作風、表現の仕方に変化は表れる。無意識、意識に関わらず、本人が望むか、望まないかに関わらず、変化し続けていくものだ。それを昔の方がよかった、以前の方が良かったというのは、自分が望む地点のままで居ろ、さらに変化や、成長することまでもを否定していることに等しい。

配信ライブの「宴会・鳳凰編」星野源さんの歌う初期の歌を聴きながら、確実に歌唱が上手くなっているのを実感した。
数年前までとは格段の差がある歌声を聴きながら、それは即ち、あの頃の歌い方や声、醸す雰囲気に戻ることはできないということを示す結果でもあった。

そして、その事実を、私は素直に受け容れている。
過去は過去、今は今、どちらも彼の表現であることに変わりはない。
そのどちらも私は分け隔てすることなく、好きだ。

どう感じようと、どう思おうと自由、何が好きかも、嫌いかも自由。
でもそれをわざわざ多くの人に知らせる意味は、どこにあるのだろう。
嫌いなら離れたらいい、むかしが好きならむかしに浸っていればいい。
あの頃に戻って欲しいと言われても、変化は、時の経過かとともに自然発生的に起こるもの。そして、一旦、変化したものはもう以前には戻れない。

もし、自分にあの頃の方がよかったという言葉を向けられたら、どんな気持ちがするだろう。自分が望むように、意図的に変化したならまだしも、自然のうちに変化したものを、以前のあなたの方がよかったと言われたら、とても悲しい。今の自分ではダメなのだと、暗に言われているようなものだ。

自分が変化するように、周りにいる人たちも同じように変化している。それを認め、受け入れてこそ、自分自身の変化を認めてもらい、受け入れてもらえるのではないか。表現が変わろうが、変わらなかろうが、その人であることには変わりがない。

あの頃の方がよかったというとき、時は止まっている。
もしかしてもう手の届かないところに行ってしまったことへの悲しみであり、取り残されたことへの悔しさかもしれない。
単なる郷愁でしかないことを忘れている。

変化を恐れてはいけない、私たちは日々変化している。否、一刻一刻、変化し続けている、そのことを忘れずにいたい。
相手の変化を、受容れられてこそ、自分の変化も受け容れてもらえるはず。
イメージに囚われず、こうあるべきに縛られず、自由に今を生きていきたい。

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