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so.

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「so.(エスオー)」は、女子高のとあるクラスの一日の間に起こる出来事を、様々な時間、それぞれの視点から綴る群像劇です。
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2016年6月の記事一覧

【so.】野田 繁美[4時間目]

【so.】野田 繁美[4時間目]

「なんで?」

 体育を、体調が悪いって言って休んだそねちゃんが、なんで地理準備室から出てくるの。

「ねーそねちゃん! なんで!」

 駆け寄るとそねちゃんは、普段は見せたこともないような険しい顔をした。

「着替えないの?」

「体調悪いんじゃなかったの?」

 そねちゃんが変な質問をしてきたけれど、被せるように問い質した。そのまましばらく沈黙が続いて、タイラーが口を開いた。

「教室もどろう

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【so.】橋本 忠代[始業前]

【so.】橋本 忠代[始業前]

 1月の寒さを吹き飛ばすように小走りを続けていたから息が弾んでしまう。ちょっとでも早く教室に着いてもう少し考えてみれば分かりそうな気がする。解いていた数学の問題集の問題のひとつがあまりに分からないから、先週末についに堀川さんに助けを求めてしまったのだ。日曜と月曜と、家でも、部活の行き来の時にも最初から挑んでみたけれど解らなかった。巻末に答えは載っているけれど解法は書いていないから、どうやってその数

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【so.】橋本 忠代[2時間目]

【so.】橋本 忠代[2時間目]

「終業式のアレって、パン屋のことでしょ! 終業式なのに間違えてパン屋が来ちゃって、廃棄にするのも勿体無いからってことで、無料でパンをもらった奴がいるらしい!! それがタグっちゃんだったってこと!?」

「お前はパンのことばっかだな!」

 新藤さんのボケ?にすかさず中島さんが突っ込みを入れる、ソフトボール部の名コンビ。

「サトミちゃんのことでしょー?」

 その掛け合いを無視するように、細田さん

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【so.】橋本 忠代[3時間目]

【so.】橋本 忠代[3時間目]

 一緒に歩いていた堀川さんが、通りがかった体育の石堂先生から「次は小ホールで卓球」と言われるのを聞いた。ラッキーだ。極寒のグラウンドで走らなくて良いなんて最高だ。

 小ホールで卓球のトーナメントをやることになってくじを引いた。何人かいない人がいる中、私の相手は伊村さんになった。伊村さんはクラスの勉強ができる人のトップ3には確実に入っていて、堀川さんか伊村さんかたまに私かという配分で1位を争ってい

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【so.】橋本 忠代[4時間目]

【so.】橋本 忠代[4時間目]

「やまちさあ、今朝の面談、何を聞かれた?」

 視聴覚室へ、次の書道の為に歩きながら、私は前を歩いていたやまちに声をかけた。やまちは迷惑そうな表情を露骨に現した。

「あんまクラスで話しかけないでって言ったじゃん」

「廊下だよ」

「そうじゃなくて」

「面談。何答えた?」

「何でそんなこと聞くのよ」

「知りたいから」

「何で答えなきゃいけないの」

「やまちさあ、終業式の朝、他に誰かいた

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【so.】青江 つぐみ[始業前]

【so.】青江 つぐみ[始業前]

 昨日浴びたカメラのフラッシュが忘れられない。壁の棚に並んだ可愛い雑貨、天井を色鮮やかに照らすステンドグラスで覆われたライト、テーブルに敷かれた北欧柄のランチョンマット。わたしは大きなマグカップに入ったカフェラテを両手に、それを顔の横に構えて笑った。タウン情報誌ハナスの撮影で、読者モデルとしてスカウトされたのが年末のことだった。お城から車で20分ほど離れた所にある海辺のカフェで、美味しいチョコレー

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【so.】青江 つぐみ[1時間目]

【so.】青江 つぐみ[1時間目]

 卒業までに生徒手帳の校則に目を通す人が、一体どれほどいるのだろう。このクラスだと委員長はきっと目を通しているだろう。他には伊村さん。橋本さんも読んでるかな。橘さんも読んでいるかもしれない。きっとわたしが5人目だ。ええと第1項、本校の生徒は…

「おはよう!」

 わあっ。びっくりした。逸見先生はいつも大きな声を出すから苦手だ。とくに校則を読み込もうと集中していたところだったから余計に驚いた。先生

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【so.】青江 つぐみ[2時間目]

【so.】青江 つぐみ[2時間目]

 いくら考えてもわからないことって、誰かに決めて欲しいと思う。わたしはバカだからどうせ正しい答えなんて導き出せるはずはないんだから。結局、読者モデルを受けることの結論は出せなくて、あとで誰かに聞いてみようと思った。

「つぐちゃん、生物室行こう」

 移動教室にはひとりで行動する伊村さんが、珍しく声をかけてきた。

「次、教室じゃないの?」

「実験やるって言ってたでしょ?」

 伊村さんはフフと

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【so.】青江 つぐみ[3時間目]

【so.】青江 つぐみ[3時間目]

「今日の体育は小ホールで卓球だそうですー!」

 生物室から戻ったら、委員長がそう叫んでいた。体育がグラウンドじゃないだなんて、幸せだなあ。さっそくジャージに着替えて、まこちんと小ホールまで行った。

 卓球はトーナメント制で戦うから、ってくじを引いたら、わたしの相手は委員長になった。

「朝に話してくれたこと、誰にも言ってないよね?」

 いきなりそう言われて、何のことか分からなくって、あ、朝に

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【so.】佐伯 則佳[始業前]

【so.】佐伯 則佳[始業前]

 バッシュが床を踏みしめる音と、部長のよく通る声。朝練。全校生徒の少ない上に、3年生は引退している1月のバスケットボール部は、10人にも満たない人数で体育館内のトラックを走っている。

「はいあと3周!」

 じわりとペースが上がって、それについていこうとペースを上げなくてはいけないから足がもつれそうになってくる。さらに1周走って部長は声を上げる。

「はいラスト1周!」

 ついに全力疾走でラス

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【so.】佐伯 則佳[2時間目]

【so.】佐伯 則佳[2時間目]

 キミちゃんたちがトイレの外へ出て行くので、慌ててその後へついて行った。どんな会話が交わされていたのか、私は細田さんに見せられたスマホの画面で頭を埋め尽くされてしまって、全然聞いていなかった。

「私、ナオ苦手だわ」

 キミちゃんがそう言った。

「でもナオは前にクリームパンくれたからいい子」

「あっそ」

 さっちんとキミちゃんの会話を聞きながら、私はさっき見せられた「行動で示せよ」という言

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【so.】佐伯 則佳[3時間目]

【so.】佐伯 則佳[3時間目]

 急遽、体育の授業が小ホールで卓球をすることになったらしいけれど、それは別にどっちでも良かった。ただ頭の中にはずっと「行動で示す」という行為に対して答えを出せない私の、情けない思いだけが転がっていた。

 卓球トーナメントのくじ引きの結果、決まった相手の井上さんと試合を始めてから、ただ自陣に入ってきたボールを打ち返すことだけを淡々としていたら、勝っていた。

「ありがとうございました」

 悩んで

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【so.】佐伯 則佳[4時間目]

【so.】佐伯 則佳[4時間目]

 何食わぬ顔で教室へ戻ったけれど、心臓は絶えず速い鼓動を打っていた。私は自分の席へ戻り、さっきすり替えた部長の制服へそっと袖を通した。普段着ているのと材質的には変わらないのに、なんとも幸せな感情に包まれた。ブラウスのボタンを一つ一つ留めながら、私はとろけそうな胸の熱さにくらくらした。いま、私は部長の着ていたものを着ることで、部長と一体化していっている、そんな倒錯的な妄想が頭の中を満たしていくと、マ

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【so.】埋田 寿惠[始業前]

【so.】埋田 寿惠[始業前]

「明日が来なきゃいいのに」

 思わず本音がこぼれていた。たまきは何も答えない。1月の寒さで朝の街は凍りついている。努めて明るく振る舞わなきゃ。そう思ってたまきに聞いてみた。

「直行便?」

「ううん、アムステルダムで乗り換えて、ミラノ」

「想像もできないわ」

「私だって」

 たまきがイタリアへ留学するって急に聞かされたのは去年の秋くらいだったっけ。それからあっという間に今日がやって来てし

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