【so.】野田 繁美[4時間目]
「なんで?」
体育を、体調が悪いって言って休んだそねちゃんが、なんで地理準備室から出てくるの。
「ねーそねちゃん! なんで!」
駆け寄るとそねちゃんは、普段は見せたこともないような険しい顔をした。
「着替えないの?」
「体調悪いんじゃなかったの?」
そねちゃんが変な質問をしてきたけれど、被せるように問い質した。そのまましばらく沈黙が続いて、タイラーが口を開いた。
「教室もどろうよ」
けれどわたしはそねちゃんを睨んだまま動けない。タイラーが歩き出したから、わたしもそねちゃんもその後を無言でついて行った。運の悪いことに、次の選択授業は書道だから、音楽へ行ってしまうタイラーやヒロさんとは別れて、わたしとそねちゃんは同じ視聴覚室へ行かなければいけなかった。教室に戻って制服に着替え終わると、制服のまま席へ座っていたそねちゃんが、立ち上がって近づいてきた。
「歩きながら話そ」
わたしはひとまず書道の道具を引っ掴んで廊下へ出た。
「地理準備室で何してたの」
「FILOで三条先生に呼ばれたから行ったの」
「なんでFILO知ってるのよ」
「教えられたから」
歩きながらそねちゃんはまっすぐわたしに顔を向けて、何のやましい事もないといった感じで答えてくる。
「付き合ってるの?」
「付き合ってない。断言しとく」
「タイラーの応援するって言ったよね?」
「別に反対はしないけどさ、本当にタイラーの意志なわけ? それ」
「えっ」
「私には、もじゃが先走ってるようにしか見えないんだけど」
「何これケンカなの?」
「違うよ。反対意見言ってるだけよ」
ムカムカしてくる。なんでこんなに開き直ってるの。
「地理準備室で何してたのか答えてよ!」
「セックス」
「は! はぁ?」
「でも付き合ってないからね。先生が求めてくるだけだから」
「何言ってんの?」
足を止めたそねちゃんは、少し首を傾げて諭すみたいに言った。
「本当にタイラーが三条先生のこと好きなら応援する。でもね、あの人、あんまいい男じゃないよ」
「何なのよ!」
あまりに唐突なことに頭が処理できない。
「あとね、セックスが下手」
そう言ったそねちゃんは、表情ひとつ変えずに行ってしまった。
しばし呆然とした後、視聴覚室へ行った。授業が始まるやいなや、坂倉先生は「このクラスに必要なもの」というお題をホワイトボードに書いたら、黙って座ってしまった。
「先生! 他の人に見えないように書いたほうがいいんですよね?」
困っていたのはみんな同じだったようで、部長が率先して聞いてくれた。
「見せびらかしたくないならねー」
それでみんな適度に距離をとって座った。わたしも出来るだけそねちゃんから離れた所に座って壁に向かった。
「平和」
すぐ書けた。違うグループのことだから気にしないようにしたけど、3時間目に田口さんがブチ切れてたのも怖いし、さっきのそねちゃんは、どうかしてる。それに年末の事件。この1ヶ月にも満たない間に、クラスはグチャグチャに掻き回されてしまった。2学期の終業式までは、なんて平和なクラスなんだろうと思っていた。あの頃に戻りたいんだ。
「平和」「平和」「平和」
3回書いた。ちらほら持っていく人が出てきたので、一番良く書けた物を持って行った。
「平和」「行動」「友愛」「協調性」「真実」「理解」「断罪」「革命」
ホワイトボードに貼りだされた言葉たちを見て、先生は振り向いてこう言った。
「きみたちのクラスは戦争でもやってんの?」
鋭い。このクラスでは冷戦が起こっている。先生は「断罪」にマルを付けて、次のお題「このクラスの誇れるもの」を出した。
「平和」
さらに書いた。少なくとも年末までは平和を誇れるクラスじゃなかったか。わたしが気づいていないだけだった? ちょっと涙が出てきた。
「平和」「平和」「平和」「平和」
祈るように4回書いたら気が抜けた。わたしは一番出来の悪い物を持って行った。
「親切」「人柄」「熱意」「なし」「平穏」「平和」「無関心」「距離感」
貼りだされた言葉たちをまた先生はしばらく眺めると、振り返って言った。
「性格悪いやつがいるね」
ニヤッとして先生は「親切」に丸をつけた。
「性格は文字に表れるからね。この親切って文字、すごく性格の良さが出てる」
親切! すべてを包み隠さず言ってくれるのも親切だって言うの? 冗談じゃない。もう二度とそねちゃんと無邪気に笑い合うことは出来ない。汚らわしい物を見るように接することしか出来ない。
視聴覚室をひとりで出た。そねちゃんも話しかけてこず、ひとりで歩いている。階段を降りて1階まで着いた頃、甲高い悲鳴が聞こえた。
「きゃああああああああああああああ」
平和。平和。もう平和は戻ってこないの?
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