【so.】青江 つぐみ[始業前]
昨日浴びたカメラのフラッシュが忘れられない。壁の棚に並んだ可愛い雑貨、天井を色鮮やかに照らすステンドグラスで覆われたライト、テーブルに敷かれた北欧柄のランチョンマット。わたしは大きなマグカップに入ったカフェラテを両手に、それを顔の横に構えて笑った。タウン情報誌ハナスの撮影で、読者モデルとしてスカウトされたのが年末のことだった。お城から車で20分ほど離れた所にある海辺のカフェで、美味しいチョコレートケーキを食べたんだ。
思い返すたびによだれが出てきそうになる。撮影が終わって全部食べてしまったら、チーズケーキも出してくれた、山男みたいな店長さんの可愛い笑顔が忘れられない。
いつも引っかかる信号のある交差点で、やまちーと委員長が縦に並んで待っていた。不思議な並びだなあと思いながら、ふたりに声をかけた。
「やまちー、いいんちょー、おはよー」
やまちーがぱっと振り返って微笑んだ。
「つぐちゃん、委員長おはよ!」
3人で並んで学校まで行くことになった。1月中旬の海辺の町は風が冷たい。モフモフの耳当てが無かったら、耳が凍りついてしまう気がする。
「連休はどっか行った?」
やまちーが委員長に話しかけた。
「私は吹奏楽部の練習で学校来てた」
「そうなんだ。わたしも部活で来てたよー」
やまちーも委員長も忙しそうで大変だなあ。わたしはハナスの撮影が楽しかったのと、ケーキが美味しかったことが、今も頭を覆っていて幸せな気分。
「つぐちゃんは?」
急に話を振られて、昨日のことを話そうかどうしようか、悩んでしまう。
「えーっとね、実は…」
どうしよう。言ってしまっても良いのかな。
「弓道部?」
委員長が聞いてくる。きっとわたしのことだから、今黙ってても誰かに話しちゃいそうだから、思い切って言うことにした。
「昨日は無かったから、雑誌の…撮影? にね、行ってきたんだ」
「撮影? 何の?」
「雑誌の」
「だから何の雑誌よ」
やまちーが真剣な表情をしていた。ああ、わたしのこういうぼーっとしてるところが人をいらいらさせるんだろうなあ。気をつけなきゃ。
「ハナス」
やまちーの目が大きく開かれた。
「すごい。何で?」
「年末に弟と駅前のへん歩いてたら、年明けの撮影でモデルやってくれないって…」
「それ、怪しい勧誘とかじゃないの?」
委員長が冷静に言った。
「ちがうよ、名刺くれたし、昨日は編集部に行ってから、お店行ったし」
まるごと話してしまったから、ついでに相談もしちゃおうっと。
「それで委員長とやまちーに相談なんだけど、来月も来て欲しいって言われちゃったんだけど、どうしよう?」
歩きながら校庭脇に入った。グラウンドでは、キミちゃんがボールを投げている。
「というより、何で撮影行っちゃったの? 学校に許可とかいるんじゃないの?」
委員長に叱られて、自分がなにか悪いことをしてしまったらしいと気がついた。
「ケーキ食べれるって聞いたから…」
委員長はそれ以上何も言ってくれなかった。代わりにやまちーがアドバイスをしてくれた。
「つぐちゃん、とりあえず他の人には言わないほうがいいよ。あと全部断ったほうがいい。昨日撮ってもらったのも、やっぱ出さないでってお願いしたほうがいいよ」
「なんで?」
「騒ぎになるでしょ。退学になったらどうすんの?」
「えー、困る」
そこまで深く考えていなかった。楽しそうだし、ちょっと素敵なことに巻き込まれてドキドキしたし。
教室に入って2人と別れて自分の席に座った。退学とか嫌だな。どうしよう。生徒手帳に何かそういうこと書いてないかな。わたしはカバンの中から生徒手帳を取り出して、目を通したこともない校則のページを開いてみた。小さな字でびっしりと埋まっていた。
「青江つぐみ」
「ハイ」
いつの間にかやって来ていた三条先生の出欠に返事をして、わたしは生徒手帳と格闘を始めた。
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