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【so.】青江 つぐみ[2時間目]

 いくら考えてもわからないことって、誰かに決めて欲しいと思う。わたしはバカだからどうせ正しい答えなんて導き出せるはずはないんだから。結局、読者モデルを受けることの結論は出せなくて、あとで誰かに聞いてみようと思った。

「つぐちゃん、生物室行こう」

 移動教室にはひとりで行動する伊村さんが、珍しく声をかけてきた。

「次、教室じゃないの?」

「実験やるって言ってたでしょ?」

 伊村さんはフフと笑った。そっか、そういえば島田のおじいちゃんが小さな声でそんなことを言っていた気もする。わたしは教科書と筆記用具を掴んで伊村さんと教室を出た。

 昨日のことを伊村さんには話せないような気がする。同じ弓道部だし、伊村さんはわたしに対して優しくしてくれるけど、なんだかそういう話をできる人って感じがしないんだもん。寒いと言ったら伊村さんは、今日の天気のこととかどうしてこんな寒いのかとか、熱心に解説してくれた。すごいなあって思ってうんうん聞いていたけれど、その内容は難しくてよくわからなかった。

「はい。じゃあ今日はメダカの血流の観察をしますねぇ」

 生物が始まると、島田先生はいつものように小さな声で喋っている。けれど誰かの話し声なんかも聞こえるから、何を言っているのか聞き取れなかったりもする。まあわたしの班には伊村さんがいるからわからないことは聞いたら良いし、大丈夫。隣の席の和泉ちゃんも同じ考えみたいで、ずっとスマホをいじっている。
 向かいに座っているまこちんが小さなビニール袋を受け取ってきて、その中にメダカが入っているのが見えた。まこちんがそれを顕微鏡の台の上に乗せると、伊村さんが顕微鏡を覗き込んであれこれ調節をしているからじーっと眺めていた。

「見えたよ」

 伊村さんがわたしに顕微鏡を向けたから、わたしは身を乗り出した。

「見して」

 覗き込んだ顕微鏡の中、なにかが速く動いていてとっても気持ちが悪かった。

「すごーい。どくどく動いてる。気持ち悪ーい」

 しばらく眺めていたけれど何も変化もなく面白くないから、まこちんに顕微鏡を差し出した。

「まこちんも見て」

 まこちんは顕微鏡を覗き込んで、しばらくそのまま動かなかった。

「はい。見えましたかぁ? 見えないテーブルは、他のテーブルの人に手伝ってもらってくださいねぇ。見えたテーブルは、観察した絵をプリントに書いて、観察結果も書いてくださいねぇ」

 そう言って先生が班のテーブルの前まで来た。ぺろりと右手の指を舐めて、プリントを4枚めくって机に置いた。まこちんが、先生の指が当たったところを避けるようにしてみんなに配ったのがおかしかった。
 ノートと教科書と資料集をいっぱいに広げて調べ物をしていた伊村さんは、プリントを受け取ったら早速書き込み始めた。まこちんは相変わらず顕微鏡を覗いて、プリントに絵を書いている。それを見つめていたら、おかしくて笑ってしまった。

「まこちん下手~」

 まこちんは恥ずかしそうに言った。

「こういうの苦手なのー」

 同じ弓道部だからまこちんとは仲良し。一緒に笑っていたら、伊村さんが完成したプリントを渡してくれた。

「見ていいよ。まこちんも見る?」

「あ、ありがと」

 いつの間にか綺麗に書き込まれたスケッチと、その解説の文言を、一生懸命に書き写してため息をついた。

「つぐー、見して~」

 すぐに隣の和泉ちゃんに、そのプリントを奪われてしまった。あーあ、わたしのは字が汚いから、伊村さんのを写させてもらえばいいのになあって思いながら伊村さんの顔をちらりと見ると、冷たい目をして和泉ちゃんのことを見つめていた。

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