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【so.】青江 つぐみ[1時間目]

 卒業までに生徒手帳の校則に目を通す人が、一体どれほどいるのだろう。このクラスだと委員長はきっと目を通しているだろう。他には伊村さん橋本さんも読んでるかな。橘さんも読んでいるかもしれない。きっとわたしが5人目だ。ええと第1項、本校の生徒は…

「おはよう!」

 わあっ。びっくりした。逸見先生はいつも大きな声を出すから苦手だ。とくに校則を読み込もうと集中していたところだったから余計に驚いた。先生は黒板にチョークを叩きつけるようにして何かを書いている。わたしの席からだと何を書いているのか見えないが、先生の両肩をチョークの破片が飛び越えて来るのが見える。

「新藤、これなんて読むか分かるか?」

 振り向いた先生の横には、木偏の漢字が2文字書かれていた。

「どう…もう?」

 なんだろうか。

「お前の好きな食べ物系の言葉だ」

「パン!」

 あはははは。新藤さんは面白い。パンって、カタカナじゃん。

「レモンと読む。今回からはこの小説を取り上げることにする」

 へえ、レモンって読むんだ。

「じゃあまず誰かに読んでもらおう。今日は12日だから…12番の神保」

「はい」

 後ろの席の神保さんが立ち上がって朗読を始めた。よく通る声で心地いい。わたしは教科書を広げながらもその上に生徒手帳を広げて校則を1行ずつ読んでいった。
 ああ、こういうお固い言い回しが苦手で、全然頭に入ってこない。□□の事由につき○○を禁止する、とかよりも、○○はダメって書いてくれた方がよっぽど分かりやすいのに。第1項にはない。第2項…ない。なんだか服装の規定はいろいろ細かい。放課後に田口さんたちが学校の外でスカートをたくし上げてるの見たことあるもんね。長さの規定なんてものがあったんだなあ。
 それにしても芸能活動に関してとかそういうことはどこにも書いていない。ってことは、退学にならないかもしれない。良かったあ。

「この筆者はどういう人物だと思われるか? はい、

「は、廃墟マニア?」

 みんなが笑った。いつの間にか神保さんは朗読を終わっていたらしい。

「そんな余裕のある人物だと読み解けるか? 自暴自棄になっていて、どこか死の気配を秘めているんだな」

 難しい。けれど死ということに対して、いまクラスの誰もがちょっと神経質になっているような気がするんだけど、こういう内容は大丈夫なんだろうか。くるりと教室を見回してみたけれど、みんな机に目を落として真面目に授業を受けていた。

「次は、埋田に読んでもらおうか」

「はい」

 当てられた埋田さんが立ち上がって朗読を始めた。今日は朗読させて解説してで終わりそうで良かった。なんとなく今日は先生に当てられない予感みたいなのもあるし。

 あ。そういえば、年末にスカウトされた時に、たしかうちの学校の卒業生でもモデルをした人がいたとか言ってなかったっけ。それなら大丈夫だなーって思ったんだった。そうだった。はー、心配して損したよ。

「ではこの時主人公は何を思ったか? じゃあ、岡崎、分かるか?」

「お金が欲しいんだなあ みつを」

 あはははは。笑い声まで出しそうになったけれど、他に笑ってる人がいないみたいだったから、こらえた。

「過去と現在の嗜好について、対比の連続。これは、自分が変わってしまった事に対して抗えない、やはり自棄の感情があるんだな」

 …難しい。難しいから現代文は嫌い。生徒手帳を閉じて教科書に目を落とすと、漢字がびっしりでくらくらした。

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