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曖昧シリーズ第3回「まさかこんな場所で、ね?」

 世の中の人の過半数が、きっと、
「渋谷のハロウィンに行く奴らは、馬鹿だ」
と、思っていると思う。

 おそらくその感覚は間違ってはいない。ルポライターとして長年、渋ハロを追っている身として、確かに「馬鹿は存在する」と思う。
 けれど、そうではない人もいる。わたしのように仕事の人もいれば、この、日本とは思えない混沌とした渋谷を、ただ見学するために来ている人もいるし、この数年は外国人観光客もかなり増えた。

 インタビューをしたヒスパニック系の母娘さんは、
 「日本のハロウィンはリオのカーニバルやスペインのトマティーナ並みにすごいと聞いて、来ちゃったわ。本当にすごい。スクランブル交差点で人々と警察官が共存している様子なんて、異常よね!」
 そのようなことを、興奮した様子で話してくれた。


 元々、イベントごとが大好きなわたしは、まずはディズニーの仮装期間にハマって、その後は仲間内でホームパーティーやクラブを貸し切るイベントでハロウィンを楽しんでいたけれど、やっぱりどうしても、渋ハロの様子が気になってしまい、7年ほど前から取材で通うようになった。
 渋ハロとの出会いがもう少し若い頃だったら、わたしも馬鹿の一員となって大騒ぎしていた……可能性も、なくはない。

 それほどの、魅力というか魔力というか、おどろおどろしい何かが、あそこには確かに存在する。
なので、非難する人の気持ちもわかるけれど、あの場に漂う雰囲気に呑まれ、高揚し、通い詰めてしまう人の気持ちもわかるのだ。


 ただ、今年は様子が変わった。なぜなら、新型コロナウイルスという未知のウイルスが世界中に蔓延し、パンデミックが起こり、外国人の訪日が制限されたからだ。
 さらに、元々は慎ましやかな国民性の我々日本人。「自粛してください」という政府と、世間の人々からの同調圧力にも負けずに、あの場に降り立つ猛者がどれほどいるのか?気になった。

 仕事としても、おいしい。ネタになる。記事が書ける。
そう考えて意気揚々と、日が暮れて賑わい始める頃に渋谷の地を踏んだわたし。19時ごろだろうか?スクランブル交差点が見渡せるポジションを確保し、その場にいた人々と「今はどんな様子ですか?」などと情報交換をし、道ゆく人を眺め、カメラにおさめた。

 しばらくその場で撮影や取材をし、移動した。毎年、歩行者天国になるセンター街や道玄坂などを何周か練り歩いた。
 同じように、プレスの腕章をつけた取材陣も多く、皆必死にネタになりそうな情景を探して彷徨っていた。我々こそが、真のゾンビかもしれない。



 歩いていると、20歳前後と思われる若者たちから、ガンガンナンパされた。わたしがアラフォーだと知ったら、この子たちはどう思うのだろう?などと考えながら、かわしてゆく。
 そんな中、「わお!かなりのイケメンじゃん!」と思うような子にも声をかけられたので、心の中でガッツポーズをした。わたし、まだ、いける?(いや、おそらくマスクのおかげだろう)。

 そして、歩き疲れたわたしは、終電までの時間潰しのため、とあるバーに入った。ここは、悪名高きナンパ箱と呼ばれる店で、女性ならば誰でもほぼ無料で滞在できる。ドリンクも飲める。
 フードは有料だけど、この状況だ。酔った男はヤレそうな女を狡猾に探し回り、頼んでもいないのに勝手に食料を提供してくれる。
バックパッカーをしていた身として、この下心ありきの男性陣の施しは、本当にありがたいと思う。

 そんなこと、つゆ知らず……たまたまお店に入っちゃったんです。という無垢な顔を装って、話しかけてきた男にタパス等を提供され、食べながら会話する。
 「お姉さん、せっかくのハロウィンなのに仮装しないの?今からでも、ドンキで買えるよ?」
 「えっとおー、わたし、フリーでライターやってるから、今日は取材で来てるんですよお」
 「えーそうなんだ!?ライター?かっこいいね。じゃあ俺のことも、取材してよ」
 「いいんですかあ?じゃあ、お兄さんはどうしてひとりでこのお店に?」
 知っているよ、ナンパ箱だから……でしょ?
 「会社帰りに通るからさ、ついでに寄ったの。そのまま帰っても暇だし」
 「マジですかあ。え?彼女さんとかいないんですか?」
 「いないいなーい!良い出会い、ないかなあ?」


 中身のない話をし、相手の絡みもエスカレートしてきて不快だったし、頭の悪そうな女を演じる自分にも疲れてきた。お腹も満たされたことだし、そろそろ現場に戻るか……と、思った矢先。
 退店するつもりで店の出入り口を見たら、この店の状況なのに、ひとりでクールにカウンターで酒を飲んでいる男が眼に入った。
醸し出すオーラが、なんだか少し、異彩を放っていた。業界人だろうか?

 無性に気になってしまって、吸い寄せられるように自分から声をかけた。
 「こんばんは。隣、いいですか?」
 「え?あ、ハイ……どうぞ」
 突然の訪問に驚く彼。その時に目が合ったけど、思った通り、顔もハイレベルのイケメンだった。有名人で言うと、坂口健太郎さんに似ている。
 「ちょっと、面倒だなーって感じの人に絡まれてしまって、逃げたくて……迷惑じゃないですか?」
 「や、全然、大丈夫ですよ。実はひとりで少し、心細かったくらいなんで笑」
 きゅーん!!!なんてことを言うのだ、この男は。
 「えー?マジで言ってます?お兄さんかっこいいし、こういう店に慣れてそうだけど?」
 「大マジだよ。好奇心強いくせに小心者でさ。でも酒は好きだから、酔って誤魔化す作戦」
 「あはは、そうなんだー。じゃあ、ちょっとお話ししてても大丈夫かな?」
 「もちろん。あ、お腹空いてない?なんか食べる?」
 「ん……さっきけっこう食べちゃったけど、デザートならいけるかな?」
 「じゃ、声かけてくれたお礼にご馳走するね」

 わたしの勘、相変わらず冴え渡っている。いい男センサーに磨きがかかっているとしか思えない。南極に行ったおかげか?


 そのまま、お互いの近状を話した。彼は過去、映像関係の仕事をしていたそうで、ADの経験もあると言う。なるほど、やっぱり業界に関わっていた人か。
 「そうなんですねえ。でも、どうして辞めちゃったんですか?」
 「えー……言ったら、笑われそうで怖いんだけど」
 「なになにー!?気になるっ!絶対に笑わないから、教えて??」

ごほん。と、一呼吸おいて、彼はゆっくりと話しはじめた。

 「実は、世界一周の旅に出ていたんだよね。仕事やめて、丸一年。仕事も、当時の彼女も捨てて。自分の人生の中で、かなり大きな出来事だったなあ」

な、な、な、なにーーーー!!?!!?

 ぶっちゃけ、ものすごく動揺した。まさか、こんなチャラいお店で、自分と同じ種類の人間(しかもイケメン)と、出会えるなんて。
なんて返すべきか?迷ったけれど、正直に言った。

 「えっと……これ、嘘とかじゃ全くないんだけど、わたしも、同じ……」
 「え?どういうこと?」
 「わたしも、バックパッカーとして、世界を二周してるよ」
 「は?え!?えーーー?マジで?」
 「うん……。こっちも、マジでびっくりしてる。まさか、こんな日にこんな場所で、旅人に出会えるなんて!!」

お互い、動揺が隠し切れなかったけど、その後は一瞬で距離が縮まった。

 「え、そっちは、陸路でじっくり系?それとも、一周券使った?」
 とか、
 「日本人宿に好んで行く系?それとも、孤高系?あ、それか、現地の人と打ち解ける系?」
 とか、旅人にしか通じない会話で盛り上がった。

 そしてお互い、最も苦手とする「日本人宿で日本人とつるむ系ではない」ことが判明し、爆笑し合った。お酒も入っているので、
 「ぶっちゃけ俺は、あいつらを軽蔑しとったわw世界にまできて、なにしとんねん!って」
 「おお、方言きましたね!?わたし方言が大好きだから、そのまま喋ってー♡」
 「でも、旅の後半になるとね、寂しくなってきてさ、病んだりもしたわ。けど、絶対にそっち側には行かねーぞ!って、謎のプライドがあったw」
 「うっわ、めっちゃわかるー!わたしも、北欧とかで泣いてたもん。チビな自分が惨めで、ガチ泣き」
 「えー身長高く見えるけど?あーでもまあ、あっちじゃね。日本人の平均でもチビかw」
 「そうなの、ど平均なの。でもキミは、長身だから良いね!世界でも浮かなさそう」
 「あー確かに、それは恵まれてるのかもしれんな」


 仕事で来たはずなのに、逆ナンして楽しんじゃってる!20代のイケメンを!
 そして、深夜版の取材もしたいけど、夫とは終電で帰ると約束をしてしまっていた。
 「あーん、ガチでもっと話したいけど、わたし仕事で来てるからさ、時間がそろそろアレかも」
 「マジ?何時までに帰るの?」
 「終電。24:30くらいだったと思う……寂しいねえ」
 「じゃあ、ちょっとだけ二人になれるところ行かん?だめ?」

 そう言って、わたしの腰に手をまわしてきた。ドキッとした。そしてやっぱり、小心者でもイケメンはイケメンだ。女の扱い、ぎこちなくても出来なくはないんだ。
 そんな彼の肩に頭を預けて、言った。
 「えへ、それってどこかなあ?カラオケ?漫画喫茶?それとも……」
 「言わす?……ホテル。ショートで90分とかも無理?」
 「んんーーー……無理じゃあ、ないよ??」
 「よっしゃあ!じゃ、善は急げだ。行こう、もう出れる?」
 いきなり、テキパキしだす彼。けっこうお酒も飲んでたのに、強いんだな。さすが、九州男児。ああ、昔も、そんな人がいたっけ。(小説参照)


 立ち上がった彼は、思った以上に長身だった。聞いてみると、
 「180って言っちゃうけど、あと少しだけ足りないんよ。今はブーツで盛れてるってのも、あるな」
 「すっごーい、スリムで長身でイケメンで、お会計もスマート。惚れちゃうぞー?」
 わたしも少し酔っていた。
 「今彼女おらんし、いーけど。そっち、旦那いるってさっき言っとったやんw」
 「にゃはは〜。まあ、旅人ですから。脳がクレイジーなの♡」
 「うーむ。まあ、言わんとしてることは、わからんでもないな」

 店を出て歩き出すと、街の喧騒の中、人をかき分けながら進む。が、例年ほどの人出はない。
 途中、「寒くない?」と背中をさすってくれたので、
 「こうしたら、もっと寒くなーい!」
 と、彼の腕に自分の腕を絡めた。ぎゅっと、抱き寄せてくれた。


 これから、このイケメンにわたしは抱かれるの??

 仕事のつもりで来た街で、悪名高き渋ハロで、なんという棚からぼた餅。事実は、小説よりも奇なり。人生で何度、この名言を思い浮かべただろうか。


✳︎


有料記事に続くかは、未定です。苦笑

読んでくださった方、ありがとうございます!!

「雪女と蟹を食う」という漫画を最終話まで読み、刺激を受けて書き殴った小説です。↑の漫画にも、文筆家のキャラが出てくるんです。そして、太宰治をリスペクトしている。。

面白い作品なので、興味がある方は是非!ちょっとエロいですが。苦笑

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