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うねーっと力なく溶ける感触と淡く立ちのぼる白煙の匂い

ドライヤーがある日突然動かなくなった。

髪をしっかり乾かしたいかみさんにとっては大問題で、明日にでも新しいドライヤーを買ってきてほしいと言う。
高校生の息子にとっても朝のセットにはマストで、やはり困るという。
最近ろくに家から出ない僕はとくに困らず、はぁと気のない返事をした。

ところが、処分する前にと思って電源を入れてみると、角度によっては思い出したかのようにウィーンと動き出す。
きっと電源コードがどこかで接触が悪くなっただけだ。

ドライヤーを解体して見てみる。

問題の電源コードは、ネジ止めではなく強固にハンダ付けされていた。
久しぶりに道具箱からハンダごてを取り出した。

中学生の頃、ハンダごてを握りしめ、抵抗やコンデンサーなどの電子パーツでディストーションを自作したりしていた。
ディストーションとは、エレキギターの音色を歪ませる装置のことで、ヘヴィメタなどのギンギンのギター音はこいつのしわざ。
当時僕は級友とコピーバンドを組んでいて、少しでも費用を抑えるため装置を自作していたのだ。

今はすっかりオタク街と化した東京秋葉原や大阪日本橋も、当時は電子パーツ街だった。
数百種もの小さな電子パーツが透明の箱に分類されてずらりと並ぶさまはまるで駄菓子屋のようで、必要なパーツを小皿に取ってレジで会計。
神戸三宮にもそんな店が立ち並んだ、古きよき電子工作の時代だ。

ドライヤーのハンダはなかなか手強くて、僕の非力なコテ(そういえばこれも自作だ)ではなかなか溶けない。
長くコテを押し当てることで他の電子パーツに熱が回って焼けないよう、コンデンサーの前あたりにラジオペンチを挟んで熱を逃がす。

うーん、と首を傾げた頃、急に溶けて美しい銀のゆるゆるとした玉となり、そのタイミングを逃さず電源コードを引き抜く。
問題箇所を切り落とし、短くなったコードをまた元の場所にハンダ付け。
ハンダが他と触れないよう上からビニールテープを巻き、外したハンドルを元に戻して作業完了。

ミスがあればボンと煙を上げ、僕は実験に失敗した博士のようになるはずで、少し緊張しながら電源を入れた。
しかし、幸か不幸か博士にはなれず、ドライヤーはご機嫌に動作した。

古い機種なので、いつまたおかしくなるとも限らない。
ボン!と一瞬でモジャモジャ頭の博士になれるなら、それはそれで新種のドライヤーだけど。

コテにハンダを当てたときの、うねーっと力なく溶ける感触と淡く立ちのぼる白煙の匂いは、熱い青春の日々の記憶をそっと呼び覚ます。

(2023/4/25記)

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