東京にしがみつく必要は感じない
その昔、世田谷の奥沢に住んでいた。
どこに住んでる?と訊かれて、奥沢と答えたら、あら…と言われるような高級住宅地と知ったのは、住みはじめてからのことだった。
だからといって豪勢な家に住んでいたなどという話ではない。
もちろん賃貸で、1階に大家が住む小さな木造住宅の2階に住んだのだ。
玄関は別で、外階段から直接2階に上がれるようになっていた。
1DK、とにかく狭かった。
玄関開けたら奥の部屋以外はほぼすべて見通せてしまう造りだったから、いかに目隠しを作るかに注力した。
ベランダも3歩分くらいのスペースしかなく、プランターすら置けない。
ホームセンターで買ってきた袋入りの土を封だけ開けて立てて置き、そこにサツマイモの種芋を突っ込んで栽培したりもした。
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東京生活5年、思うところあって勤めていた出版社を退職し、移住して愛媛の山中の村おこし現場へ。
四国には親戚も友人もいなかったが、新しいことを始めるにはまったくしがらみのない地は魅力的だった。
いきなりツテなく山村に飛び込んだので、役場の厚意で見晴らしのよい村営住宅を用意してもらった。
村営なので本当は収入制限や希望理由など細かい入居資格要件があったが、そこをすっ飛ばして受け入れてくれた。
築年数こそ古かったが、3DKに庭と駐車場がつき、ベランダも広大。
野菜を作るのにもう土を買ってくる必要なんてない。
庭の一部を耕して、シシトウやラディッシュ、大豆などを育てたものだ。
同じ1畳でも東京と愛媛では根本的に大きさが違う。
6畳間ともなるとその差はさらに大きく、部屋の広さの単位として畳を使うのはもうやめたほうがよい。
さらに未使用の部屋まであった3DKは、とにかく広かった。
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東京から愛媛に引っ越して、広さはちょうど3倍になった。
狭い家での工夫も楽しいが、やはり家が広いと心のゆとりが違う。
物にあふれた中で飲むコーヒーと、山を眺めながら飲むコーヒーとでは、味も香りも同じものとは思えない。
そして家賃はちょうど1/3。
これだけ広い家に住ませてもらって、家賃がこんなに下がるなんて!
このありがたみはもう言うを待たない。
広さと家賃をあわせれば、実に9倍の差だ。
排気ガスも、アスファルトの照り返しもないし、満月はただただ明るい。
仕事さえ見つければ、東京にしがみつく必要は感じない。
ただし収入は半減し、スーパーで買う食品も総じて高い。
そこ、どう考えるかだけど。
(2021/11/29記)
チップなどいただけるとは思っていませんが、万一したくてたまらなくなった場合は遠慮なさらずぜひどうぞ!