これ以上タフな葬式を僕は知らない
「どうすん?」
20ほどもある目が一斉にこちらを向き、僕に回答を促す。
「明日は葬式を手伝います」
しばらくの逡巡のあと、僕はそう答えた。
***
1999年、僕は東京から愛媛の山中に移り住んだ。
前職を辞し、転職雑誌で見つけたのが愛媛の村おこしだったのだ。
何度かの下見のあと、腹をくくり移住した。
赴任後しばらくは家で新生活の形を整えることに精を出した。
そしていよいよ翌日から出社という日、同じ集落の長老が亡くなった。
にわかに集落がバタバタする。
田舎ゆえ、葬式の一切を自分たちで執り行うのだ。
夕刻、集会所に集落一同10名ほどが集まった。
男は翌朝役場で届を出して火葬の手伝いを、女は集会所に金の折紙で装飾を施し宴会の炊き出しを――
集落のリーダーがてきぱきと分担を決めていく。
金の折紙? あの折紙セットに1枚くらいしか入っていないレアなヤツ?
そもそも折紙の切り方を今になって相談するなんて、七夕飾りを作る小学生ではないのだから、マニュアルにしておけばいいのにと心で呟いた。
しかし、葬式の準備は書き残さず口伝が基本ということを後で知り、なんでもマニュアルという発想がいかにも東京チックで、口に出さなくてよかったと胸をなで下ろした。
○○さんはあれ、○○さんはこれ、とさらに細かく分担が決められていく。
「へんいち…さん、明日から仕事じゃと聞いたきんど」
そうです…と小さくなって答える。
「どうすん? 初仕事すっぽかすわけにいかんのと違うん?」
10人の20の目がこちらを向く。
初仕事、僕もすっぽかして自分の立場をいきなり危うくしたくはない。
でも移住前、田舎では仕事よりも葬祭を優先すると聞いていた。
集落から葬式が出たら、遺族でなくても仕事を休むのはきっとあたりまえなのだろう…
明日は仕事には行かず葬式を手伝います――僕はそう答えた。
「おぉ、ほれでえぇんか?」と念押ししながらも、20の目は嬉しそうに細くなった。
集落に歓迎された瞬間だ。
後々まで、あの時仕事より集落を選んでくれたと言われた。
集落にとって相当に重要な決断を下せたということだ。
***
ちなみに翌日の葬式の手伝いはとても大変だった。
村の火葬場は旧式の炉でうまく焼けず、時折フタを開けては亡骸を棒で突くというバチ当たりの所業をやるしかない。
経験ある人もシラフではやってられないと、一升瓶の酒を酌み交わしながらの作業だった。
終わる頃には僕もへべれけになっていた。
集会所に戻り僧侶の読経が終わると、女性陣が手作りしたご馳走が所狭しと並び、飲めや歌えやの宴会が始まる。
次から次へと湯呑みに酒が注がれ、ご馳走もどんどん取り分けられる。
食べ飲みエンドレス、数時間のうちに何度トイレに吐きに行ったか。
吐いて空にした胃にまたすぐ、食べ、飲み…
これ以上タフな葬式を僕は知らない。
(2022/2/24記)
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