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家族と客を隔てる壁の絶妙な薄さが、民宿の魅力だ

僕は旅が好きだ。

幼い頃、小学生だった兄が家族旅行の計画を立て、JTBにきっぷや宿を手配しに行くのを見ていたから、そんな姿に憧れていた。
自分も早く旅をデザインしてみたいと。

僕が旅を楽しみだしたのは、大学生になって晴れて自由の身となった頃。
当時ネットなどないから、時刻表の付録のホテル一覧から名前と料金だけを頼りに決めるしかなく、駅から近いのかも調べようがなかった。
直感で決めて電話予約し、当日駅の地図で探すしかない。

安さが魅力で、そのうち民宿にも泊まるようになった。
自室に鍵がないから、旅館とも呼べそうなしっかりめの民宿を選びたいが、名前と料金だけを手がかりに選ぶしかないのは民宿も同じ。
当然、しっかりめじゃない民宿になることも増えてきた。

そうして僕は家族経営のこぢんまりした民宿でも平気になっていったが、それは貧乏学生として当然のなりゆきだったかもしれない。

北海道・ニセコにスキーに行ったときのこと。
ゲレンデからほど近い家族経営の小さな民宿に泊まった。
えらくジンギスカンのうまい民宿だった。

風呂はオーナー家族の風呂を使わせてもらう。
家庭向けのふつうの浴槽だったが、循環濾過装置がつけられた、湯替え不要で24時間入ることができるタイプ。
上がるときに、はたと困った。
この循環は常に回しているものか、客用に回してくれているものなのか。
考えた末、後者だろうと思い、上がる際に電源を落とした。
その日、他に客はおらず、僕が最後だと判断したのだ。
それがいけなかった。

翌朝、オーナーから昨日循環止めてたねと言われ、はいと答えた。
娘がひどい喘息であの循環は必要なんだとオーナーに告げられた。
あぁなんてことをしてしまったんだ、と目の前が暗くなる。
しかしオーナーの次の言葉に驚いた。
言ってなくて申し訳なかったし、昨日娘は風呂に入れなかったので今日は銭湯に行くからいっしょに行こう、そこは循環がしっかりしているし娘もいっしょに行くのを楽しみにしているから、と。

ワンボックスの車に揺られながら、僕はオーナー家族といっぱい話し、娘さんともしりとりをしたりして、なんだかあっという間にその家族の一員になったように思えた。

将来民宿をしてみたいとnoteに書いたことがある。
その思いの原点は、このニセコの民宿にあるのだ。

家族の日常がそこにあり、民宿はまさにホームステイ。
そしてまた、ホテルの洗練されたサービスもいいけれど、マニュアル化されたそれとはまったく違う、心からのもてなしが民宿にはある。
家族と客を隔てる壁の絶妙な薄さが、民宿の魅力だ。

最近ほとんど旅に行けてなくて、モヤモヤが募る。
そろそろどこかでまた人の温かみに触れたい頃合いだ。

(2023/4/26記)

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