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まばゆい提灯の灯りは、その夜の一度限りの記憶

子供の頃、盆踊りというものを経験したことがない。

生まれ育ったのは兵庫県明石市だ。
明石は小さな地方都市だけど、中心部にほど近い住宅密集地に住んでいたから十分に人は多かった。
だからたぶん地域には祭りがあり、盆踊りもあったはずだ。
しかし僕は参加したこともなければ、それが実際にあったかも知らない。

大学附属の幼小中に通っていたのが原因だ。
電車通学だったから、近所に友達は一人もいなかった。
町内に地元の校区単位で置かれた子供会にも所属することができない。
このため、祭りや盆踊りとは一切無縁の日々を送った。
そして僕は10歳の夏、神戸市の団地に引っ越した。
住む市が変わっても、附属生は転校しなくていいのがよかった。

「近くのグラウンドで盆踊りあるから、いっしょに行かへん?」
同じ団地に住む、一級上の附属生が誘ってくれた。
でも子供会に所属していないのは明石の頃と同じだ。
逡巡する僕を見て、彼は言った。
「もう暗いから紛れ込んでも分からへんて」

引っ越したばかりで勝手も分からず、誘われるまま足を運んでみた。
そもそも盆踊りってなんぞや、という思いを胸に秘めながら。

暗いグラウンドにひときわ明るく輝く櫓と、四方に張られた提灯の灯り。
それまでに見たことのない光景に、わぁと思わず声が漏れる。
自分と同じくらいの年齢の子たちが賑やかに踊っている。
でも輪に飛び込む勇気はない。
そもそもどうやって踊るのかを知らない。

しかしその感動もすぐしぼむ。

――誰やあいつら?

暗くて顔なんて分からないはずなのに。
小学生の、異質なものを見つけるスピードはあまりに速い。
逃げる道すがら、誘ってくれた上級生がポツリと呟く。
「この校区、荒いヤツおるから気ぃつけたほうがえぇで」

明石でも地元の校区の小学生との軋轢は経験がある。

――おまえら、いちびんなや(調子に乗るな)!

下校時に、すぐ隣にあった地元の小学校の生徒にそう叫ばれ、おもちゃのエアガンで狙い撃たれるなどはざらだった。

地元の小学生との争いを避けるのは、附属生としての慎みだ。
その日を最後に、盆踊りの会場に足を踏み入れたことはない。
まばゆい提灯の灯りは、その夜の一度限りの記憶だ。

(2022/8/27記)

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