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フルムーンと共に【百合小説】

「準備もあると思うからそうね…3か月後からの勤務になるかしら。そのあと半年くらい準備期間もあるから、お願いね。貴女ならやれるわ」

上司に会議室に呼び出された内容は昇進。そして転勤だった。
地方都市にできる支店の店長を任されたのだ。
そこがうまくいったら本社に戻って役職勤務になるようだった。
地方に異動して数年が頑張り時。それが今になるのか。

栞は期待されていることが嬉しい反面、どうしても手放しで喜べない理由があった。
同棲する恋人に、なんて説明していいのか悩み午後はため息ばかりついてしまった。
飛行機で行くような距離だから、毎週会うわけにもいかず
だからといって栞が耐えられるわけなかった。
寧々は何というだろうか。帰る足取りが少し重く感じた。
夜道を照らす月が背中を押すように輝いて見えた。

「ただいま」
鍵を開けて髪を耳にかけると家に入りヒールを脱ぐ。
夜勤明けの寧々はもう家にいるはずだ。

緊張している自分を落ち着かせるように一息吸ってからリビングのドアを開ける。愛しい寧々はソファーに寝転がりスマホゲームをやっていた。
「おかえり~」
のんびりと答える彼女だがやっているゲームはなんとも可愛くないホラー系らしい。そんなギャップも好きだった。

なんてことない会話をしながらも、この重大な情報をいつ伝えようかと栞はずっとそわそわしていた。
ジャケットを脱ぎながら横目で彼女を観察する。
試合が終わったのか、ちょっと嬉しそうに口角をあげたのが見えた。。
「ねぇ……私さ、転勤、することになっちゃった」
「ふ~ん、よかったじゃん」
意を決して声を出したのに、寧々の返事はずいぶんとそっけないものだった。

「ふ~んて、近くないんだけど?飛行機の距離だよ?」
部屋着をスポッと被り着替えを終えた栞は、寧々の方に歩みを進めながらちょっと唇をとがらせる。
けれどやっぱり寧々はあっけらかんと答えた。
「そうなんだー。いつからなの?」
「3か月後に出発で、お店は半年後からかな」
寧々はソファーに座り直し、ふんふんと頷きながらカレンダーに視線をやり指で日数を数えているようだった。数え終わったのか栞の方を向くとにこっと笑って見せた。
「昇進でしょ?おめでたいじゃん!よかったねぇ」
「あ、ありがとう…って、そうじゃなくて、寧々はさみしくないの?」
「え?なんで?」
喜ぶ寧々とは裏腹に、沈んだ面持ちの栞を見て寧々は首を傾げた。
「なんでって…私はさみしいのに…もういい。寧々は私の事なんか好きじゃないんだ」
飛行機の距離になると伝えたにも関わらずさみしさとかそういうものが一切見えてこない寧々の態度に、栞は少なからずイラついていたのかもしれない。つい、厳しい言葉を吐いてしまう。
そんな栞を見て、彼女はまた笑った。優しいふんわりとした笑みだった。そして私をソファーに座らせると、手を握って口を開いた。

「好きだから一緒に来てって言ってくれると思ったのに、言ってくれないのね?貴女がいれば私はどこでもいいわ。仕事なんかどこでも見つけられるもの。でも、貴女は貴女しかいないでしょう?だから、一緒に来てって言われたらもちろん行くわよ。北海道でも沖縄でも、海外でも」

まさか『着いてきてほしい』なんて言えなかった心を見透かされたようで、栞は頬を染めた。
(やっぱり寧々は、一枚上手だなぁ)
苦笑しながら、思い出したのは夜道を照らす満月だった。

「ねぇ、月の裏側でも?」

「そうね、月まで連れて行ってくれるならね…どこまででも貴女と一緒にいるから、覚悟してよね」

栞の口からこぼれ出た言葉を救い上げるように優しく答えると寧々は私を抱きしめた。


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