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香港から見た新型肺炎

香港から急遽帰国して早4日が経ちました。今回は、①香港と新型肺炎、②香港からの日本の見え方、③新型肺炎にどう向き合うか、を書いてみたいと思います。

*内容はあくまでも個人的な主観に基づきます。新型肺炎に対しては、科学的な知見に基づいた冷静な対処が重要なことは言うまでもありません。私は、感染症の専門家ではない点、ご容赦下さい。一方で、今感じたことを記録として残しておくことも有用だと考え、記事にすることにしました。

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0.新型肺炎の発生状況のまとめ地図

本題に入る前に、「Wuhan Coronavirus(2019-nCoV) Global Cases」をご紹介します。世界地図上で感染者や死亡者がわかるサイトであり、アメリカのジョンズ・ホプキンズ大学のシステム科学工学センター(CSSE)によって公開されています。国別に統計値が整理されており、日別新規感染者数なども折れ線グラフで確認できます。市民も、このようなオープンデータが利用できるようになったのは、SARSのときとの大きな違いです。2月28日時点の東アジア周辺の感染状況は、以下の通りです。(アジア以外も地図化可能です)

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図 東アジアの状況

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1.香港と新型肝炎

CSSEのサイトで確認すると、2月27日時点の香港での感染状況は以下の通りです。香港島、九龍東部のエリアに集中しています。

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図 香港の状況

日本の外務省の通達では、中国大陸(湖北省・浙江省温州市を除く)と香港・マカオの危険度は、同じレベル2(不要不急の渡航は止めてください)です。(2020年2月28日時点)なお、香港で生活していた身としては、中国大陸ほどは、危険には感じませんでした。
(もっとも、香港だけ設定を変えることは、政治的にできないとは思いますが…)

私がそのように感じた理由としては、

・香港政府による封じ込め政策の一定の効果
・感染者のトレーサビリティの確保
・SARSの経験に基づく市民の高い危機意識

が挙げられます。

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香港政府による封じ込め政策の一定の効果

まず、香港政府の政策ですが、2月4日より、香港国際空港、深圳湾、港珠澳大橋の3箇所を除いて出入境ポイントを封鎖しました。市民による封鎖の要望は強く、医療従事者のスト(封鎖しないと施術を拒否)も、政府への後押しとなりました。デモの影響から、ただでさえ中国大陸からの来港者は例年より少なかったですが、封鎖によってさらに減少しました。なお、全ての出入境ポイントの封鎖を要望する声も依然あります。

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図 現状の出入境ポイントは3つ

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図 封鎖による人の移動減少

続いて、2月8日より、中国大陸からの入境者/第三国経由の入国者で到着前14日間に中国大陸に1日でも滞在していた者に対して、強制隔離を14日間行う規則が発効しました。違反者は、最大6ヶ月の禁固と罰金25,000香港ドル(約35万円)が課されます。この規則によって、私も、香港から中国大陸への業務出張が実質できなくなりました。出入境ポイントは3箇所開いていますが、この強制隔離があるので、実際の人の移動は大きく減少しているはずです。特に、深圳居住者で香港に通勤していた方は、困っていると思います。

そして政府は、2月14日には、280億香港ドル(約3,900億円)のファンドを使って、21項目の支援措置をとることを発表しました。マスクの供給、公立病院を管轄する医院管理局への補助、観光業や飲食業・小売業への補助金、学生や低収入家庭への補助金などが用途とされます。

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表 香港政府 21項目の支援措置(JETRO資料より)

さらに、26日には、香港の永住権を持つ18歳以上の市民に、1万香港ドル(約14万円)の現金を支給するとの予算案を発表しました。ただ、財政赤字は続くようなので、見通しが厳しいことには変わりありませんね…

このように、政府は、次々と対策を打ってきたのですが、市民は依然として、政府に不信感を抱き続けているように思います。収束が見通せなかったデモ活動は、新型肺炎の流行によって、一旦の落ち着きを見せています。ただ、この不信感が解消されない限り、火種は残り続ける気がします。新型肺炎が大陸との分断を「正当化」させてしまっている、という考察もあります↓

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*余談ですが、政府の対策では、レジャー・文化施設の臨時閉鎖が個人的には響きました。毎週末テニスをしていたのですが、そのコートも閉鎖となり、週末の楽しみが減ってしまいました。趣味は、ハイキングくらいしかできなくなりました。
*日本でも在宅勤務へ切り替える企業が増えていますが、香港では、公務員が真っ先に在宅勤務に切り替えました。旧正月明けから3月1日まで延長を繰り返しています。日本だと、公務員が真っ先に切り替えたら、市民の支持を得にくいですよね…公務員の規定に倣って、在宅勤務期間を合わせる日系企業も多いです。
*日本でもディズニーランドの休園が報道されていましたが、香港のディズニーランドは1月26日から当面休園となっています。後、日本ではあまり知られていない、オーシャンパークというテーマパークも休園です。

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感染者のトレーサビリティの確保

在香港日系企業は、日本人商工会議所に登録されている方が多いと思います。商工会議所から、毎日、新規感染者に関するお知らせメールが届きます。そこには、患者の年齢・性別・入院場所・感染ルートまでかなり詳細に記載されています。その出所は、次の香港政府のサイトです↓

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表 感染者に関する情報が表で整理されている

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図 感染経路もグラフでまとめられている

CSSEによる地図サイトのように、情報をオープンにすることで、不安を和らげることができると思います。個人的には、日本よりも情報の透明性は高い(もしくは情報を入手しやすい)と感じます。感染経路不明の事例も多くなく、市民もリスクの高い場所を避けるなど、自主的な判断が可能となっています。

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SARSの経験に基づく市民の高い危機意識

SARSの経験があるので、香港人はリスクにとても敏感です。マスクや消毒液は、2週間前までは売り切れ状態でした。マスクを購入するには、長蛇の列に並ぶ必要がありました。転売目的に買う人もいて、マスク1つ55香港ドル(約800円)で、路上でバラ売りされているものも見かけました。

他に、トイレットペーパーや即席麺も買い占めされるなど、噂に振り回されていました。SNSの発達によって、混乱は増幅されやすくなっていると思います。

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写真 即席麺は売り切れ、出前一丁が大人気(荃湾)

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写真 マスクを買うための列(銅鑼湾)

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写真 マスクを高額でバラ売り(深水埗)

今週になって、在庫はかなり改善されましたが、小売の混乱はしばらく続きそうです。香港人は、日本人より噂に流されやすいような気がしますが、リスクに敏感と捉えることもできます。街中のマスク着用率は、95%くらいだと思います。

マスクをつけていないと、危ない奴と認識されます。予防というよりも、「エチケット」として、私も着用していました。レストランで、辛い食べ物にむせただけでも、咳と勘違いされて、周りの視線が痛かったです。

マンションに入る前には、体温チェックがあります。エレベーターのボタンにはカバーがつけられており、定期的に消毒がされていました。

また、外食を控える人も多かったです。料理人がマスクをしていなかったので、予約を取り消して帰ってしまったお客さんがいた、という話も聞きました。

みんなが(少しやりすぎなくらい)リスクに敏感なので、逆に安全に思えました。

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なお、South China Morning Postが新型肺炎のまとめを掲載していますが、下記ページの中盤あたりに、マスクを求めて長蛇の列をつくる香港人の様子が動画で紹介されています。大げさでなく、このような感じでした。

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2.香港からの日本の見え方

CSSEのサイトで確認すると、2月27日時点の日本での感染状況は以下の通りです。感染経路不明の市中感染が増え始めているようです。

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図 日本の状況

日本はSARSの際は、市中感染を防げた分、香港よりも初期の危機感が低かったのかもしれません。初動の遅れを指摘する報道もされていました。

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また、ダイヤモンド・プリンセス内の感染拡大について、海外では繰り返し報道がされました。ニュースによっては、国内感染者数と船内感染者数を分けずに報道されており、日本の印象は海外から見てかなり悪くなっているように思います。

国際法上の「旗国主義」によって、英国籍の同船には日本の法律や行政権を適用できない原則があり、対応の義務はなかったともされます。一方でこの原則は複雑なことから、ニュースを見ている市民には、何となく日本がうまく対応できていないように映っているでしょう。この印象を変えるのは容易ではありません。

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ここに来て、東京オリンピック・パラリンピックへの影響も心配され始めました。海外のニュースでは、危機感を訴えるものもあります。これに対して、IOC会長は「東京五輪の予定通りの開催に全力」と火消しに回っています。準備期間もある程度必要なので、早めの終息が必要ですね。官邸は、当然対応に全力を挙げています。一刻も早い終息を祈るばかりです。

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駐在して、日本のニュースだけでなく、海外のニュースも幅広く見るようになりました。「日本が海外諸国のリスクをどう見ているか」だけでなく、「日本が海外からどう見られているか」も重要です。日本からの入国に制限をかける国・地域も出始めています。

中国では徐々に新規感染が減少しつつありますが、逆に日本から戻った駐在員に、14日間の自宅待機や外出制限など隔離を求める動きがあります。日本の見られ方が既に、明らかに変わったといえます。香港政府も、日本の状況を注視しており、「日本からの訪問者は、常にマスクをして、14日間は自宅にいるよう助言する」と述べています。かなり微妙な表現を使っていますね。

国の専門家会議は、「今後1~2週間が感染拡大のスピードを抑えられるかどうかの瀬戸際」と見解を示していますが、まさにその通りだと思います。感染が広がってしまえば、日本も高リスク国と認識されてしまいます。ただでさえ、欧米では、東アジア一帯が全て危険と認識されやすい状態です。

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3.新型肺炎にどう向き合うか

一番重要なのは、正しい情報を集めて、冷静な判断を下すことです。まずは、政府の見解を確認してみます。日経記事の図がわかりやすかったので、引用します。基本方針を策定するに当たって、多くの専門家が関わっていますから、SNSの噂よりも、こちらの方が信憑性があります。

あくまで方針なので、少し抽象的ですが、これに基づいて、企業や組織は、具体的な行動を決定するはずです。

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図 新型コロナウイルス対策の基本方針の概要

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専門家の意見も見てみます。東北大学大学院医学系研究科の押谷仁教授の記事は参考になります。私の理解では、ポイントは以下の通りでした。

・軽症の人が多く、特定が困難であった
・SARS以上に非常に感染性が高かった
・クルーズ船の影響で都内の医療機関の受け入れは困難な状況
・対面で人と人の距離が近い接触を避ける
・医療機関が重症者の集中治療を行えるように、慌てて医療機関を頼らない

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騒ぎすぎだ、という記事もあります。ビジネスのセミナーやイベントがどんどん延期されているが、対策は慎重で良いのでは、という意見が書かれており、日頃の感染症対策や予防接種に力を入れておくべきと結ばれています。

香港でもリスクを重く見積もる傾向にありましたが、このような対策慎重派の意見の人もいました。一方で、重症化する人も一定いることから、リスク管理の観点から、対策慎重派の意見は、今後もあまり表には出てこないかもしれません。

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ただ、リスクを重視した結果、経済が深刻な影響を受けるのも、また事実でしょう。複数の経済指数は悪化しており、ネガティブな見通しも増えてきました。

政府が言うように、この1〜2週間が重要な局面だとすると、早めに終息させるため、香港のように、ちょっとやりすぎなくらいリスクを警戒して、今は辛抱する時期なのかな、とは個人的には思います。

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と思っていた矢先に、「3月2日から、全国の小中学校と高校、特別支援学校に臨時休校を要請する」という考えを、2月27日に首相が表明しました。また、新型コロナウイルス対策の基本方針を受けて、テレワークも広がっています。

突然、いろいろな政策が出てきているため、社会の混乱は相当なものですが、個人的には、この危機を機会に、働き方・生活の仕方の改革に繋がっていけば良いなと思うところです。

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「正しい情報を集めて、冷静な判断を下す」「今は辛抱の時期と捉えて、少しやりすぎなくらいリスクを管理する」というのが、今の新型肺炎との向き合い方ではないか、と個人的には考えます。
(そのため、情報の司令塔たる政府には、しっかり対策をしてもらいたいですね)

早期帰国の原因となった新型肺炎に、ずっともやもやしていましたが、今の考えを書いたら、少しスッキリしました。ここまで、長文にお付き合い頂き、ありがとうございました。

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P.S. その1 日本への早期帰国を言い渡されたとき、日本は安全なのかわからず、正直少し不安でした。ちょうど市中感染が拡大しているときに帰国をしましたが、3月13日まで日本で在宅勤務となりました。香港でも2月1週目に在宅勤務でしたが、駐在で在宅はあまり嬉しくなかったです。香港では、マスクや消毒液が戻りつつありましたが、今日本では品切れ状態ですね。ちょうど2週間前の香港が今の日本の状況と同じように感じます。
P.S. その2 表紙は、銅鑼湾で路面電車(トラム)に乗ったとき、2階から撮りました。帰国を1週間後に控え、雨が降る中、気持ちがちょうど沈んでいました。悲しみの雨。路面電車は、香港名物なので、観光の際は、ぜひ乗ってみて下さい。車両のデザインはそれぞれ異なり、お気に入りを探しても面白いです。
P.S. その3 今日は、ランチに陝西省料理を食べました。料理の名前、読めますか?

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とても難しい文字ですね。料理は、ビャンビャンメンと読みます。58画だそうです。パソコンには対応しておらず、変換できません。西安で食べられるようで、新型肺炎が落ち着いたら、本場の味を食べてみたいものです。

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