シン・ニホン|AI×データ時代の生き方とは
今年最も注目を集めている本の1つだと思いますが、今週読了しました。要点やレビューは、色々な方がされていると思いますが、(備忘録も兼ねて)自分なりに考えたことを書いておこうと思います。
Amazonの本紹介には、以下の通り書かれています(引用)↓
現在の世の中の変化をどう見たらいいのか?日本の現状をどう考えるべきか?企業はどうしたらいいのか?すでに大人の人はこれからどうサバイバルしていけばいいのか?この変化の時代、子どもにはどんな経験を与え、育てればいいのか?若者は、このAIネイティブ時代をどう捉え、生きのびていけばいいのか?国としてのAI戦略、知財戦略はどうあるべきか?AI時代の人材育成は何が課題で、どう考えたらいいのか?日本の大学など高等教育機関、研究機関の現状をどう考えたらいいのか?『イシューからはじめよ』から9年―。ファクトベースの現状分析と新たなる時代の展望。
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1.本を読む前に
本を買う前に、著者「安宅和人」を検索したところ、財務総合政策研究所での発表資料が出てきました。講演タイトルは:”シン・ニホン”AI×データ時代における日本の再生と人材育成↓
内容が盛りだくさんで、上記著書と通じる所も多く、2017年の財務総合政策研究所での発表当時から、著書の骨子は存在していたことがわかります。安宅氏は、マッキンゼー勤務をされていたとのことですが、切り口が面白く、コンサルをしている方はきっと勉強になるはずです。
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TEDxTokyoの講演について、Youtubeで視聴することも可能です。ユーモアのあるプレゼンで、これを見て、本を買おうと決めました。講演は、財務総合政策研究所の資料とも重なる所がたくさんあります。この動画は、2016年。もっと早く見ておけばよかった、と思ったところです。
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2.本を読んでみて
本はネットで注文しました。いつもは本屋で立ち読みして、本当に気に入ったものだけ買うようにしています。今回は、コロナで立ち読みができなかったので、買う前に事前に色々調べてしまったのでした。
本を読む前ですが、AI×データ時代における人材育成に関心がありました。一方、日本の再生(勝ち筋)については、できるのかな、難しいのではないかな、と懐疑的でした。行政のコンサルもやっている中、そんな弱気では、という感じですが、逆に内情が見えることもあります。また、駐在をしたことで、日本を客観的に見られます。(個人的な)今の日本のイメージは、
・産業分野や学術分野で米中の後塵を拝して久しい
・日本ではイノベーションで社会が変わるという雰囲気を感じられない
・この遅れを取り戻して逆転するイメージが持てない
というネガティブなもので、これからは、
・国境を超えて、海外のライバルとより本格的に戦っていかないといけない
・米中とまともに戦うのではなく、ニッチを見つけて差別化するしかない、主導するのではなく、間に立ってうまく立ち回るという方向だろう
・シュリンクする時代、成長でない、質を重視する方向だろう
というのが読む前に何となく考えていたことです。では、読んで考えが変わったのかどうか、面白いと思ったことと合わせて、書いていきます。
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(1)日本の現状と勝ち筋
安宅氏は、AI×データ戦争における成功要件として、下図の3つを掲げていますが、全てにおいて日本は勝負になっていない、若者は武器を持たずに社会に出ている、と指摘しています。これは多くの方の実感と合いますね。
図 AI×データ戦争における3つの成功要件
(イノベーションを通じた生産性向上に関する研究会 安宅氏発表資料)
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では、日本に希望はないのか、ということで、安宅氏は、産業革命時と今の比較を紹介しています。日本は新規技術の導出というフェーズ1はやったことがなく、その高度な応用(フェーズ2)とエコシステムの構築(フェーズ3)で勝ち上がってきたといいます。平成生まれの私には、そういう視点はなかったので興味深いです。これを踏まえ、手遅れになる前に、AI×データ化の世界でもフェーズ2から波に乗るべき、と書かれています。
図 産業革命時とAI×データ時代の比較
(イノベーションを通じた生産性向上に関する研究会 安宅氏発表資料)
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フェーズ2・3では、どのような産業に成果を応用するか、という出口が重要になるが、日本は幅広い産業を揃えており、かつ、ほぼ全てで今伸びが止まった状態である=ポテンシャルが大きいと続きます。
図 AI×データ時代の出口産業
(内閣府 人間中心のAI社会原則検討会議 安宅氏発表資料)
図 日本の産業別のGDP成長率(2014年)
(イノベーションを通じた生産性向上に関する研究会 安宅氏発表資料)
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ただ、産業界・学識・政府では、AI×データ時代への準備ができていない、「AI-ready化」を進めるべき、と安宅氏は言及しています。「AI-ready」については、内閣府の人間中心のAI社会原則検討会議にて、講演をされており、資料は以下の通りです。
産業界(企業や組織)が目指すレベルについて、経団連によるガイドラインも紹介されています。大半の日本企業は未着手、レベル1に留まるだろうと推察=ここでも伸びしろに満ちているとの指摘。ポジティブに捉えようという著者の姿勢を感じました。
図 AI-Ready化ガイドライン
(Action(活動) 週刊 経団連タイムス 2019年2月21日 No.3397)
なお、経団連のAI活用戦略の資料も興味深いです↓
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(2)求められる人材とスキル
では、日本の勝ち筋は?というと、「日本は妄想力では負けない、多様な想像力や妄想力をテコに、デジタル革新の力で世の中をことごとく刷新し、新しい価値を生む」というのが安宅氏のメッセージです。アニメしかり、確かに日本の妄想力は、まだ他国に負けないと思いますね。妄想し、夢をカタチ(商品・サービス)に変えること、そのための方程式を下記の通り紹介しています。
図 未来の方程式
(内閣府 人間中心のAI社会原則検討会議 安宅氏発表資料)
これができる人材像は「異人」とされます。大学時代には、周りに結構こういう人はいた気がします。社会に出て皆んな丸くなった気がしますね。ただ、私は30代ですが、まだ右の人物像のいくつかは目指せる部分があるかもしれません。異人の方が付き合っていて面白いと思いますね。
図 新しいゲームのカギを握る「異人」
(内閣府 人間中心のAI社会原則検討会議 安宅氏発表資料)
そして、異人は若者でもなれる、むしろ革新を率いてきたのは若者たちだった、と紹介されます。皆んな若い、大半が20代という衝撃です。30代でも柔軟なままでありたいですね…
図 革新を率いた若者たち
(イノベーションを通じた生産性向上に関する研究会 安宅氏発表資料)
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本著では、AI×データの力を解き放つためのスキルセット3つが挙げられています。3つ全て必要だが、複数人でチームを編成しながら補完し合う、とあり、実務上はその通りですね。価値を生むプロジェクトは団体プレーになります。ただ、各人が最低限の素養は身につけておいてね、ということですね。
コンサルとしては、私はシステム周りに明るい方ではないので、エンジニアリングの部分が弱みですね。手法は理解しつつ、良いパートナーに補完してもらうのがよいかと考えています。
図 AI×データの力を解き放つための3つのスキルセット
(イノベーションを通じた生産性向上に関する研究会 安宅氏発表資料)
これらは応用的な能力だと思います。大学での研究を通して素養を身につけ、社会に出てからOJTで学んだ印象です。では、応用に至る前の基礎的な能力はどう整理されているかというと、以下の通りです。「データリテラシー」の部分が、上記スキルセットと大体対応していると理解しています。
図 現代のリベラルアーツ
(イノベーションを通じた生産性向上に関する研究会 安宅氏発表資料)
基礎的な能力は、突き詰めると国語力と数学力に帰結すると思うのですが、本著でもそう書かれていますね。以前「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」(新井紀子)を読みましたが、論旨の方向性は同じだと考えます。新井氏の書籍では、子どもをマシン化する方向で教育が止まっており、むしろマシンにも勝てなくなっている、という研究が書かれています。これも有名な本ですが、未読の方は、読んでみることをオススメします。
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(3)未来を創る人をどう育てるか
安宅氏の書籍に戻りますが、日本の国語では「明確かつ力強く自分の考えを口頭および文章で伝える表現・伝達能力を学ぶことはない」と書かれていますが、このため、政府は国際交渉の場で、企業は商談や企画・プレゼンの場で、学者は学会でかなり損をしていると考えます。実際には、第1線で活躍されている方はとても優秀なので、教えられなくてもできたか、独学で身につけられたと思います。そうやって社会は回っているのですが、それで本当に良いのか、もっと社会を良くできるのではないか、と私も思います。
数学は、学ぶべき範囲が網羅されていない、内容が十分理解されていない(正答率が低い)、好きな人が少ない、という課題が述べられています。私は理系だったので数III・Cまで学んでおり、当時は行列も勉強しましたが、今は習わないとか。(2012年に指導要領が変更になったんですね)
なぜ削除したのかわかりませんが、下記のような報道もあるので、教育の充実を望みます。ただ、文系のベクトルが今度は削られるらしいですが…
数学は大学の二次試験で一番差がつく科目だと考えており、満点近くをとる「異人」がいたものです。数学ができれば他科目が多少できなくても一発逆転が可能でしたが、今の入試はどうなっているのか。
「数学が好きで得意な子を育てるべき」というのは賛成で、私も数学がどう役に立っているのか、分からないまま勉強していましたね。私は化学・生物選択で物理を取っていなかったことも影響しているかもしれません。コンサルの実務では、数理モデルや統計を扱うことがあるので、意外と社会に出てからも私は使っています。(逆にベクトルや行列は使っていませんが…)
本著では、中学2年生では、国際評価システムTIMSS 2015をみると、日本は参加43カ国中トップ5だと紹介されており、驚きました。高校から数学は難化するイメージですが、物理を何かテコ入れすることで、高校以降も伸びるかもしれませんね。理系の一部・文系で取らない人がいる?とも思いますが。物理は、力学・熱力学を大学で勉強しましたが、当時は勉強してよかったと思いました(今は忘れましたが…)
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本著では、人材育成の方向性として、リテラシー層・専門家層・リーダー層の3層に分けて解説がされています。リーダー層の才能は半ば確率で現れるとの記述がありますが、であれば、人口の多い中国・インドが有利になると思います。確率がどの程度なのかによりますが、これからは内製化が難しい、海外の才能を積極的に集めないといけない時代なのでは、と思います。
本著でも触れられていますが、「いかに海外の異人に日本を選んでもらうか」という視点は重要ですね。すでに高度人材の取り合いが相当激化しているのは、日々聞くところですが、日本はどこまで選択肢に入っているのか、今やアジアでは、中国・シンガポール・香港が先に来ているのではないか、と思います。(ただ香港は中国との関係で2020年現在も不安定な情勢にあり、選ばれづらい状況でしょう)
今は、コロナ禍やグローバル化の反動で「内向き」になっているかもしれません。この変化を捉えて、終息後に日本を選んでもらうようにする、オンライン化によって(バーチャルで)より簡単に海外の才能を集めやすくなっていることを利用する、などの戦略も有効かと思います。
図 AI×データ時代に向けた人材の増強イメージ
(イノベーションを通じた生産性向上に関する研究会 安宅氏発表資料)
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(4)未来に賭けられる国に
産業を革新する、人材を育成するにはリソースが必要なわけですが、本著は、科学技術予算が全く足りていない、という論点に移ります。これは、行政のコンサルでも感じていたことですが、興味深かった点を本著よりいくつか紹介します。
日米の大学の資金力には雲泥の差があり、その要因として、投資・運用益と卒業生の寄付の違いが挙げられています。改めて値が違いすぎて驚きました。資金の差は、結局、やりたい先進的な研究ができるか、に関わってくるので、学生にとってこのデータは重要だと思います。高校生のときにこのデータを知っていたら、もっと勉強して海外の大学を目指したのでは、というくらいです。
図 日米主要大学収入内訳/学生
(イノベーションを通じた生産性向上に関する研究会 安宅氏発表資料)
人口減少、社会保障費の増大でジリ貧のため、日本は若者に投資ができないのだろうと私は思っていました。本著はこれに対し、国としてのP/Lを示した上で「国にお金がないのではなく、リソース配分の問題」と提起しています。社会保険料などを足してP/Lを見たとき、未来への投資は全体の38%に留まるのが現状のようです。
図 日本の国としてのP/L
(イノベーションを通じた生産性向上に関する研究会 安宅氏発表資料)
安宅氏は、必要な未来への投資を試算していますが、2兆円程度とのこと。社会保障費120兆円と比べると、その2%以下であり、安宅氏の指摘通り、確かに全体の最適配分・マネジメントで何とかなりそうな気がしてきました。このように見せられると説得力がありますね。問題は、誰がどうやってやるのか、ということでしょう。大きく枠組みを変えるなら、政治家のトップダウンがないと難しいとも思います。
安宅氏が引用する、黒船来航は黒船というシンボリックな出来事があり、それを契機として、日本は変わったのだと思います。AI×データ時代の黒船は見えない形、気がついたらやって来ていた、というものなので、意思決定が機能していないのかもしれません。個人的には、コロナという危機を「黒船」の代替と考えて、AI×データ時代に適応するきっかけに使っていければ良いのでは、と思いました。
事実、自粛を契機として、働き方改革、教育改革、医療改革が日々真剣に議論されています。目下、感染症対策が最重要事項であることは言うまでもないですが、転んでもただでは起きない精神で、理想的には、周りを取り巻く課題も解決できると良いと思います。今全世界が大きな変化にある中、この波を逆にうまく使えるか、が大切でしょう。
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(5)残すに値する未来
最終章では、残すに値する未来として、「風の谷」という構想が紹介されています。データの世界の専門家の著者が、最後にサステナビリティやランドスケープに関して論じているのは興味深かったです。私は大学でランドスケープを勉強しましたが、この分野はデータやAIから比較的遠いと思っていました。(リモートセンシングやドローンの普及によって、データ化も少しずつ進んではいますが)
安宅氏は、コロナ禍において「開疎化」というコンセプトを4月にブログで紹介していますが、今後の社会もこの方向だとすると、確かに「風の谷」の方向とかなり重なるでしょう。
【開疎化のコンセプト】(ブログより引用)
・密閉(closed) → 開放(open)
・高密度(dense)で人が集まって活動 → 疎(sparse)に活動
・接触(contact) → 非接触(non-contact)
・モノ以上にヒトが物理的に動く社会 → ヒトはあまり動かないがモノは物理的に動く社会
図 開疎化のコンセプト
(そろそろ全体を見た話が聞きたい2 安宅氏ブログ記事)
地方創生のため、人口減少対策のため、首都一極集中を減らそう、というスローガンがありましたが、コロナ禍の後、社会はどう変わるのか、興味があります。働く場所を選ばないのならば開疎化は進むのか、ある程度進むが直接会う価値が見直されてあまり進まないのか。
風の谷構想は、「都市集中型の未来に対するオルタナティブ」とつくる、というビジョンから課題解決を目指すようです。地域おこしをしているわけではないということですが、構想が根付くには、結果的に地域おこしが必要になるだろう、というのが私の考えです。
なお、ブログの記事は以下の通りです↓
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本著では、AI×データ時代に求められる人材像が書かれていました。一個人としては、求められる人材となるため、スキルのアップデートを続けていきたいです。博士課程取得者数が日本では減少し続けているというデータも紹介されていましたが、社会人で博士課程の勉強をしてもいいかもしれません。今なら前よりもっとうまく勉強ができるはず…ですね。家にいる間に色々考えてみようと思います。
日本への貢献もしていきたいですが、求められれば海外のために働いたり、海外で働いたり、という道もあると思います。コロナが終息するまで内向き時代は続くでしょうが、駐在の経験を今後も何らかの形で生かしたいと思います。
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3.参考記事など
最後に、本を書き終えた直後の安宅氏の記事、プロデューサーの岩佐氏の記事、編集長の井上氏の記事のリンクを貼っておきます。臨場感が伝わってきます。本著を読む前でも後でも良いと思いますが、併せて読んでみていただければ。
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また、出版後の落合氏と安宅氏の対談のダイジェストをYoutubeで見ることもできます。ご参考まで↓
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感想を織り交ぜながら、徒然と書籍をレビューしましたが、楽しんでもらえたようでしたら嬉しいです。本著はとても骨太の内容であり、私も掻い摘んでしか紹介できていないので、関心のある方は、ぜひ一読いただければと思います。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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P.S. 総務省では、Beyond 5G推進戦略が検討中です。サイバー空間とフィジカル空間が一体化する未来を描き、求められる機能、基本方針、具体的施策が挙げられています。各省庁では、政策はかなり議論されています。5Gの先に「シン・ニホン」の再生はあるでしょうか。戦略案を引用しておきます。
図 2030年代に期待される社会像
(Beyond 5G推進戦略(骨子)案 概要より引用)
図 Beyond 5Gに求められる機能等
(Beyond 5G推進戦略(骨子)案 概要より引用)
図 Beyond 5G推進戦略 基本戦略
(Beyond 5G推進戦略(骨子)案 概要より引用)
図 Beyond 5G推進戦略 具体的施策
(Beyond 5G推進戦略(骨子)案 概要より引用)
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