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「FIRST COW」で初めてケリー・ライカート作品に触れてみた

ケリー・ライカート監督の「FIRST COW」を観ました。

大雑把なあらすじだけしか知らず、しかし設定はなんだか面白そうだなと思い観ることに。監督の評判も、アメリカのインデペンデント映画界で評価が高い人物だということなので期待は爆上がり…配給もヒット作を連発しているA24(前記事の「ボーはおそれている」もそうだった)。そんな初めてのケリー・ライカート監督作品「FIRST COW」です。


「FIRST COW」は資本主義の残酷さを描いた寓話!?

そんな「FIRST COW」のあらすじは…

開拓時代のアメリカ、オレゴン州。料理人のクッキーと中国人のルーが出会い、その地域に初めてやってきた牛のミルクを盗んでドーナツを作って売ることを始めるのだが…という物凄くシンプルな筋書き。
ある意味拍子抜けするくらいシンプルでした。

他の方のレビューとかを読んでいると皆さん凄く評価が高い印象。しかし私的にはあまりピンとこなかった。勿論ストーリーの表層的な部分はシンプルで理解できる。でも「で?何なん?」という、映画の本質というか、監督が伝えたい部分が全く自分に届いてない感じ。他の方の感想や世間の評価と、自分が感じたものとの”この大きなギャップ”に妙に不安になるというか、違和感を感じるというか…。

別に全ての映画が自分に合う訳もないのだから、単に合わなかったでもいい話。しかし何か妙に大事なものを見落としてる気がして、それが気になって仕方ない感じ。その結果、もうちょっと彼女の作品を知れば監督の共通したメッセージ性や作家性が知れるかな?と思った結果彼女の他作品「OLD JOY」を観ることに繋がるのでした(その感想はまた別の記事に書きます)。

とりあえず自分が気付けない部分の感想は書けないので、第一印象というか読み込みが浅い段階での感想を書いていきます。

まず何よりも個人的にあまり惹かれなかった理由の一つは絵面。

なんというか、後で観た「OLD JOY」はオレゴンの自然の瑞々しさを美しく映像に納めている部分があったのでまだ好きだったのですが、「FIRST COW」はずっと曇り空な印象で、舞台は陰鬱な森ぬかるんだ地面ボロボロの衣服バラックのような小屋、1800年代という時代や開拓地という設定を考えるとそれが普通なのはわかるのですが、どうしても暗くて小汚い、そこで繰り広げられる人間の欲と主人公たちが属する粗暴な男社会。そんな画面から伝わるまとわりつく泥のような不快感がどうにもこうにも苦手でした。なんでしょうね、ディカプリオの「レヴェナント」に近い世界ですよね。あの映画も泥と暴力しか印象になくて苦手だった…。
基本映画の絵面はキレイなものが好きなんですよね。全くの個人的嗜好で申し訳ない😅。

そして映画冒頭に登場する二つ並んだ骸骨。あれは普通、メッセージとしては愛情、もしくは友情で深く結ばれた二人を象徴しているかのように捉えて当然の描写。日本書紀にある男性二人を同じ墓に埋葬したという記述。それで二人が日本の歴史に残る一番最初の同性愛と言われているのだから、普通はそういう意味合いにとって然るべきでしょう。
それで物語の掴みで、勝手にドラマチックな展開に期待値が上がっていたのが悪かったんでしょうね…結局主人公二人には成行き的にある程度の友情は生まれたとは思うけれど、”並んで骸骨”という強いメッセージ性を持つほどの特別なものがあったかというと…微妙…としか言いようがなかった。冒頭のドラマチックでロマンチックな絵面に相当する伏線回収を期待していたら案外弱い結末だったという感じ。

出会いこそ素っ裸な逃亡者ルーとクッキーが出会い…というある種ドラマチックな展開。しかしそこで二人の間にスパークが生まれたかというと…そうは見えなかった。例えていうなら浦島太郎と亀の出会いという感じ?w そう考えるとこの映画、クッキーが浦島太郎でルーが亀みたいに思えなくもない。その後二人は再会し、ルーの小屋に連れていかれ、そこがクッキーにとって安らぎの場所になり、ドーナツ販売でお金稼いで(金銀財宝みたいなものw)、未来のことも夢見て、一時の幸せな時間を過ごす。しかしこれ以上ここに居れないと逃げ出そうとするが、幸せとは言えない結末に…。

2人の友情をどう捉えるかで、観た人の印象は随分違ってくるような気がします。ささやかな二人のやり取りに強く感情移入し、暗い世界での一筋の光のような友情だというぐらい思えていれば、たぶん冒頭の並んだ骸骨も”尊い友情の果て”として響くのでしょうけど、私は二人の友情がどうもそこまでのものとは思えなかった。

お互いの魅力に惹かれて一緒にいるようになったというより、金と暴力が支配する男社会のはみ出し者同士で、成り行き、流れで一緒に居るようになった感。学校のヒエラルキーで最下層の人たちが、特別好きというほどでもないけど、この学校社会で孤立するのを恐れて、似たような境遇、居心地が悪くない相手とツルむような…そんな感じに近い。そこから強い友情に発展する場合もあれば、卒業したらそれきりという場合もある。とにかく集団を形成する社会性動物の人間の本能として、とりあえず群れる相手を確保した感じに見えたんですよね、クッキーとルーの場合も。

さらに、いつもオドオドしているクッキー。そういう人物に普通寄ってくるのは、自分の支配下に置いて利用してやろうとする奴が大半。一方のルーは、ロシア人を殺したとかで逃げていた人物で、全く異質な文化圏出身の中国人。同じアジア人である私が見ても何考えてるかわからない胡散臭さは絶えず漂っていた。なので二人が惹かれ合って一緒にいるようになったというより、利害関係がたまたま一致したと見る方が合理的だと思うわけです。勿論相手への興味もあったから話しかけたんだろうけど、割合としては流れ的な利害関係80%、人間としての興味20%ぐらいではなかろうか?

で、その後も強烈に惹かれ合うほどのことが起きることなく、飄々とした二人が、流れのままにビジネスチャンスに恵まれる。口下手だけど料理技術を持つクッキーと、押しと口の上手さでセールスマンとしての商才のあるルー。お互い補完し合うビジネスパートナー。まさしく利害関係であって、真の友情物語…の萌芽が芽生え始めたぐらい。ビジネスを通して一緒に様々な困難を乗り越えて、離れる機会も何度もあったけど結局何年も一緒にいた…とかならまさに友情物語だとは思うけど、映画の中では時間経過がいまいちハッキリわからない、たぶん出会って数日、数週間程度の関係でしかなかったわけで…これまた微妙。

そしてルーが逃亡後に戻ってくるのも、クッキーを助けるためというよりも残してきたお金の為。そこにたまたまクッキーが戻ってきたから一緒に逃げようということになったけど、その意図も、友情半分、また違う場所でクッキーを利用して商売しようという打算も完全に排除はできない。

最後横たわったクッキーの横で、座ってお金の入った袋を見て逡巡するルー。「もう、こいつはダメかもしれないな…この金もってサッサと一人で逃げようか…」と考えているようにも見えなくもない。そういう風に猜疑心をもってルーを見続けていると、ちゃんと一貫して胡散臭い人物として描かれていたように思う。

なのでライカート監督は、観る人が二人の友情物語として観ようと思えば観れるようにも撮っている一方で、過酷な環境、ほぼ無法状態。金と力が支配する世界における弱肉強食。騙し騙され合い。少しでも弱み、他者への優しさを見せ油断した途端に飲み込まれて名もなき屍になってしまう非情な世界。そういう世界の残酷さをある種の寓話として描いているのかなと。私は友情物語よりも残酷物語として強く受け取ったからか、観賞後は何とも言えないビターというか、ほろ苦い切なさが残りました。

他の方のレビューで見た、雌牛が資本資本主義社会の象徴という意見。
なるほど、これはストンと腑に落ちる解説でした。この映画の世界では資本主義社会の凄く原始的な社会を表している。そこで技術やアイデアをいくら持っていても、そう簡単には成功できない…資本力がやはりものをいうんだとも捉えられる。

映画の中に現在と過去の二つの時間軸があったことを考えると、監督はこの残酷さは開拓時代だけでなく、現在の繫栄している資本主義社会においても大して違わない、あなた達もどこか、この寓話と関連、共感する部分、残酷さを感じる部分があるのでは?と問いかけている気がします。

友情とはどういう条件で形成されていくのか?と色々考えさせられつつ、資本主義社会の残酷さも実感させられる。そういう意味では多面的で深い作品なんでしょうけど…やっぱり好きか嫌いかで言うと、あんまり好きではないかな。クッキーやルーみたいな善良な人間(というと盗みをしていたので語弊があるけど)は結局富と権力の前で犠牲者側になる…そういう登場人物と自分を重ねてしまうと、自分までもが屍になった気分になるからか、ツラいものがあるんですよね。


ということで、私的評価は10点満点で☆6.5

ただこの評価は今後変わる可能性が高いです。あくまで初見の超主観的且つ感情的な評価。いろんな情報を得て考察したのちの評価ではないので。

この後ライカート監督作品の特徴を理解し、2006年の作品「OLD JOY」を観たら、その作品の特徴や映像内の緻密さに驚いたので、「FIRST COW」にも私が気が付けなかった様々な要素があるはず。それを理解できたときに評価が爆上がりになるかもしれません。また配信なんかで繰り返し観れるようになったらじっくり観てみたいと思います。

ということで、ケリー・ライカート監督とその作品の特徴ついて書いた記事がコチラになります。

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