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じわリスト〜その一言が秀逸すぎる〜(4)

こんにちは!安江水無です。
今回は、猛烈に忙しく、寝る間も惜しんで仕事をしていた時代の話です。心に余裕がなくなると、みなさんもこうなっちゃうかも……!?

※「じわリスト〜その一言が秀逸すぎる」の正しい読み方
最後のほうに「一言」が絵で書かれています。直前の文章まで読んでからスクロールして絵を見てみてください。2倍楽しめます♫

私が20代〜30代前半までいた編集部は、今思えば、あれでよく体を壊さなかったなと思うくらい、人が聞いたら引きすぎて言葉も出ないくらいの忙しさであった。
忙しいのは無論、私だけではない。編集部全員が超多忙を極めていた。

ある日の夕方、編集部は明日の朝の校了に向けて佳境を迎えていた。つまり、今夜は家には帰れない。翌朝6時くらいになると印刷所の営業の方が校了原稿を取りに来ることになっていたため(今はボタン1つで校了するのだが)、それまでにすべてのページの校了作業を終えなければならない。

編集部内は殺気立っていた。みんな連日の疲れで顔色も悪い。最後の力を振り絞って校了作業と向き合っていた。そんなとき、営業部の男性社員「Aさん」が営業から帰社した。

Aさんは日ごろからサービス精神が旺盛な人で、ボージョレ・ヌーボー解禁日には小さい紙コップを用意してみんなにひと口ずつ振る舞ってくれたり、海外旅行に行くと必ずお土産を買ってきてくれたり。本当に気の利く人で、会社の飲み会のときも大皿料理をみんなに率先して取り分けてくれる、マメマメしい人であった。

そのAさんが帰社した直後、「僕ね、編集部のみんなにお土産を買ってきたよ!」と言って、大事そうに箱を開いた。その箱の中には、なんとも可愛らしくておいしそうなシュークリームがいくつも鎮座していた。どうやらAさんが、人気店のシュークリームをわざわざ並んで買ってきてくれたらしい。

「結構並んでやっとゲットできたんだから!」そう言いながら、鼻歌まじりに1人ひとりに配り始めた。確かにそのお店のシュークリームは大人気で、平日でも並ばないと買えないらしいことは私も知っていた。

そして編集部の後輩「Bさん」に配られる番がきた。Bさんは特にここ数日、ほとんど家にも帰れず、徹夜の日々であった。疲れ切ってうつむいていたBさんに向かってAさんは「はい!これBさんの分ね!」と言って満面の笑顔でシュークリームを紙ナプキンの上にちょこんと置いた。

Aさんが別の人のところに行ってシュークリームを配り、背中越しにAさんの声が聞こえているとき、Bさんはたまたま目の前にいた私のほうを向きながら、とても小さくて低い声でゆっくり、こう言った。

まあ、まあ、まあ、Bちゃんの気持ち、わかるよー、わかるわかる。でもさ、Aさんはさ、みんなが疲れてると思って気を使って買ってきてくれたんだからさ、まあそんなに怒らないでよー!ほらほら、これ、すごくおいしいよ!めったに食べれないんだからー!甘いもの食べると元気出るよー……
などと、近くにいた編集部員たちでBさんの怒りを収めようと必死になった。
なぜなら、今にもすくっと立ち上がってAさんに殴りかかりそうな雰囲気を醸し出していたからである。

Aさんは何も悪くない。ただ親切なだけである。実際、私はうれしかった。
初めて食べたが本当においしかった。あれだけ何個も自腹で買ったら、結構高かったに違いない。

ただ、タイミングが最悪であった。極限まで追い詰められていたBさんにとってAさんは、人の気持ちや状況をわかろうとしないお気楽な先輩にしか見えなかったのだろう。

今回の学び「親切は、ときに不親切となる」

文/安江水無
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