見出し画像

宇宙のコンビニ 3

『思い出消しゴム』

 『思い出消しゴム』は、見た目ただの消しゴムだが、心にいやな思い出を思い浮かべ、さっと横に払うと、そのいやな思い出がきれいに消え去ってしまう。消し心地も爽快で、消しくずもでない。出るのは明るい笑顔とくれば、うっかり自分の大切な記憶まで消し去らないようご注意。
 尚、自分ばかりではなく、他人の思い出からも消し去ることができる。その場合は、同じ場所にいること。離れた場所の思い出までは消せない。

 『おなら』というものは、ところかまわず、ひゅっ、と頭をもたげ、ぐいぐい、外へ出たがる。しまりのない人間は困るが、いかにガマンしようが、あらがえない場合だってある。
 彼も、ずいぶん頑張ったのだ。しかし、
「ブッ!」
 好きな人の前で、特大かましてしまったのだ。
「いやぁね、下品!!」
 周りにいた女子が、鼻にしわ寄せ騒ぐ。
「いや、ちょっと待ってくれ!」
 冷や汗千倍、のどカラカラ。
「おい、人前で気をつけろよ!」
 男子までが、鼻つまみ、顔をしかめる。
「いや、そんなつもりじゃあ……。」
 その日は、ヘマばかり。好きな人からは、無視され、そばにもよれない扱いを受ける。
「どうしたらいいんだーー。」
 頭を抱え、宇宙のコンビニにやって来た。

「ぼくの評判は地に落ち、まともに扱ってくれません。あの出来事を消し去るものはありますか?」
 目の下にクマを作り、しばらく眠っていない様子の学生がやって来た。
 私は、宇宙のコンビニの店長。うなずき、
「ありますとも。さあ、こちらへ。」
 と、彼を店の奥へ導いた。
 店の奥には林があった。様々な物が、枝や幹に隠れ潜んでいる。
「このどこかにあなたの望む物があるでしょう。」
 彼は、あちらこちら覗きこんでいたが、木の株にあいた穴から、消しゴムを取り上げた。
「それは、『思い出消しごむ』。相手とあなたの頭の中から、記憶を消し去ってしまうことができます。消した記憶は二度と戻らない。なかったことになるのです。」
「ぴったりだ! これ、ください。」
「では、代金をお願いします。」
 彼は、値段を見て、言葉を失くした。
「こんなお金、持ってません。」
「お金ばかりが価値ではありません。」
 私は、彼の頭に生えていた小さなキノコを発見し、摘み取った。
「これは珍しい。育てたら、気持ちの良いクッションになる。これを代わりにいただきますよ。」
「そんな物、百だってあげます。」
 彼は、『思い出消しゴム』を握り、コンビニを出て行った。

 クラス全員の思い出を消すのは、全員がそろう朝の会。
 心にあの日の出来事を思い浮かべる。顔にカッと火が灯る。
 クラスメートの一人がこちらを向いた。仲間同士で鼻をつまみ、イヒヒ、と笑う。
(ダメだ、早く早く消し去ってしまわなければ!)
 さっ、と『思い出消しゴム』を横に振り、見える限りの思い出を消した。

 しかし、消すのに一心で、好きな人が欠席していることまでは、気づかなかった。
                            (おわり)

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?