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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】ブルーアネモネ(1)

●あらすじ
私立清廉学院大学は、東京近郊の私鉄駅高見が原駅が最寄だ。駅前は栄えていて、大きな繁華街が広がり、商店街が伸びる。その商店街の端っこに僕たち清廉学院大学の河端ゼミの学生が足しげく通う店がある。「コーヒールーム・ブルーアネモネ」だ。
ブルーアネモネは、実は河端教授の自宅を改装した店で、店主(マスター)は僕らのゼミの担当教授・河端良平先生の義理の弟である正岡祥佑さんだ。
ブルーアネモネは変わった店で、夕方6時からオープンし、夜11時まで開いている。しかも店では酒は一切出さず、店の売りであるコーヒーをはじめとするソフトドリンクのみで、スィーツは、プリンとシフォンケーキだけ。フードはサパーセットと牡蠣グラタンだけというとてもシンプルなメニューとなっている。


●本編

オミクロン株とか言ってよな…後、なんやら株、なんやら株っていっぱい出てきて…

今、ニュースでコロナを取り上げる事なんてないよな…みんなコロナなんて忘れてるだろうし、忘れてなくても忘れたいとか、忘れたふりするとか、兎に角コロナという言葉自体も聞きたくないんだろうな…全部仕方のない事だ。それは分かってる。

僕だって聞きたくないし、思い出したくもない。でも、美月は、僕の大好きな美月の人生は、コロナの性で大きく変わってしまった。美月の人生が変わってしまったら、僕の人生も変わらずにを得なくなってしまった。決して、美月の性ではない。全部コロナの性だと分かってる。でも、世間ではコロナはもう忘れ去られてしまってるように思えてならない。最初に言ったように、それは仕方のない事だとは分かってる。分かってる?決して飲み込めてる訳ではない。ただ、知ってるだけだ。そして、それが僕を空しくさせる。


多摩地区でもこの高見が原駅は、比較的都心に近く、新宿までは急行で30分圏内だ。駅から20分ぐらい上り坂を歩くと、僕たちの母校である清廉学院大学がある。駅は私鉄とJRのターミナルになっており、駅前は大きめの繁華街が広がる。その端っこに僕が今目指している「コーヒールーム・ブルーアネモネ」はある。
この店には、大学3年になってからは最低でも週3回は通った。いや、嘘だ。店は土日が休みなので、平日は殆ど入り浸った。何故ならこの店は僕らのゼミの担当教授である河端先生の自宅を改装した店であり、教授とはオンラインのゼミの後に話を続けたいなら、この店に行くのが手っ取り早いからだ。
いや、これも嘘だ。確かに、河端教授とは話したい。でも、それだけじゃない。僕らが今経験しているコロナ禍の中で唯一、店の中で食事ができ、人と触れ合う事が出来るのが、この店だからだ。コロナが始まってすぐの外出制限が出始めた頃、僕らは大学に入学した。その頃は流石にこのブルーアネモネでさえも休業していたみたいだが、僕らが3年生になり、河端ゼミに参加するようになった時分にはもう、通常営業をしていた。
当時、そんなにハッキリとした通常営業をする店は本当に少なく、大学の友達とゆっくり過ごせる店は殆どなかった。
でも、ブルーアネモネは違った。11時に閉店するまではいくらでも店にいる事が出来た。大声で騒いだりはできないが、みんなでくだらない話をして盛り上がる事はいくらでもできる、それがブルーアネモネだ。


店はコの字のカウンターだけの店で、テーブル席はない。
この店は何から何まで変わっている。
まず毎日夕方6時からオープンする。店が閉まるのは決まって毎晩11時。
そんな営業時間なのに、酒は一切出さない。ソフトドリンクだけだ。しかも、そのドリンクメニューも種類が少なくて、マスター自慢のサイフォンで点てるコーヒーと、紅茶、そしてコーラと、オレンジジュース、それだけ。お察しの通り、オレンジジュースもどこかのメーカーがペットボトルで売ってるヤツだ。コーヒーを淹れるのにはこだわりがあり、紅茶も茶葉をブレンドして、ティーポットで淹れるのに、コールドドリンクには関心がない事がバレバレだ。
因みにコーヒーも紅茶もアイスはない。但し、両方を濃いめに淹れてもらって、自分で氷の入ったコップに移して、アイスにするのは可で、暑い日は大体の客がそうして飲んでる。
その場合は、コーヒーカップなどとは別にガラスのコップが洗いものとして増えるため、氷代と称して20円増しになる。
スィーツは、プリンとシフォンケーキがあり、どちらもマスターの手作りで、毎日数量限定メニューだし、マスターの都合で品切れの事も多い。
プリンは固め、シフォンケーキは抹茶味でどこまでも柔らかい。
フードメニューも種類は少なく、サパーセットと、牡蠣グラタンの2種類だけ。
サパーセットは、厚切りトーストが1枚と、その横に厚みが2㎝はある分厚いメンチカツと、大きなスクープで載せられたポテトサラダ、これだけ。しかも、これを僕たち河端ゼミの学生は、たった500円、ワンコインで食べられた。通常は850円もするのに。
牡蠣グラタンも美味い。牡蠣が一皿に10個は入っているのに、1200円だ。これはバイト代が入った時のご褒美メニューだ。
こんな風に何から何まで変わってる店なのだが、一番変わってるのはマスターの正岡祥佑さんだ。
何が変わってるかって?
それは一言では言えない。
マサさんは、温かくて、優しい。
それだけはまず言える事だ。

この懐かしい店に、僕は今向かっている。
大学を卒業して、半年。
都心の会社からは1時間以内に来る事が出来るのだが、僕の今住んでいるマンションの最寄駅からは大分離れており、中々足が向かない。
そのブルーアネモネに、今日は行く。
それだけでも胸が高鳴るのに、今日はもっと別の理由がある。
美月に会えるかもしれないのだ。
僕は藤谷美月と大学に入学した時に知り合った。彼女と出会ってすぐに僕は一目惚れしたのだが、高校が私立男子校の弱みで、ずっと何もアプローチできずにいた。
3年になる前に、偶然学生課の掲示板の前で、彼女と会い、勇気を出して、どのゼミを選択するのかと尋ねたところ、彼女は「河端ゼミ」と答えた。
それで僕も河端ゼミを取る事にしたんだ。
河端良平教授は、長年民間企業で働いてきた国際経営学のエキスパートと目されている人で、藤谷美月は、自分の将来の目標を叶えるために、河端ゼミを選ぶと言う。
僕は、そんな崇高な目標なんて全くなくて、ただ美月と近づきたいだけが目的で、河端ゼミを取る事にした。
でも、美月は、ゼミが始まって2か月も経たないうちに、急に大学を辞めてしまった。
そして、その後彼女に会う事は一切なかった。その美月に今日会えるかもしれない。
どうだ?これ以上にドキドキする事があるかい?ある訳ないじゃん。
だから、僕の気持ちは逸るのだ。

河端良平教授は、20年以上外資系企業で海外赴任を繰り返していたのだが、奥さんの体調が悪くなり、帰国し、奥さんの実家があるこの高見が原に戻ってきて、実家を増築して住んでいた。そして、奥さんのうちの大学の病院に入院させ、自分は伝手を辿って、うちの大学の教授になったという人だ。
やがて、奥さんは看護の甲斐なく亡くなり、実家に住んでいた奥さんの両親も後を追うように続いて亡くなったらしい。
その後、河端先生の義理の弟である正岡祥佑、つまりマサさんがこの家に住むようになり、一階を改装して、ブルーアネモネがオープンする流れになる。

マサさんは、正体不明だ。河端先生が独り者なのは周知だが、先生と2階に一緒に住んでいるところを見ると、どうやらマサさんも独り者なんだと思う。思う?そうしかないじゃないか。それぐらいマサさんのプライベートの情報は一切出ていない。まず本人が自分の事を話す事がないし、河端先生も話さないからだ。

マサさんは寡黙だが、いつも話す時は、こちらの目を見て話してくれるし、その時の瞳はいつも優しい。

そのマサさんと河端先生に会える。それだけではなく、懐かしいゼミの仲間や、店のアルバイトの有紀ちゃんにも。

でも一番は、美月だ。兎に角美月に会いたい。

僕は逸る心のままに、人が行き交う商店街の歩行者専用道路を急いだ。


運営者様へ(2)がダブっておりますが、どっちかを削除しようとしましたがよく分かりませんので、審査段階で削除をお願い致します。お手数ですが、何卒宜しくお願い申し上げます。


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