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【創作大賞2024応募作・恋愛小説部門】ブルーアネモネ(6)


午後3時には、検査は全部終わった。
午後5時に、おじいちゃんの秘書の大友さんが病室に来て、「和臣さん、帰りましょう」と言った。
「えっ?帰れるんですか?」
「ええ、すぐに検査結果を出してもらいましてね。流石はお若い。取り敢えず、何も問題ないようです。で、過労による体調不良という診断結果になるようです。」
「そうですか。では、明日からは会社に行ける?」
「いや、それは診断書に2週間の安静が必要との事で、私から会社へは提出するようにしました。」
「分かりました。従います。」
従いますと言いながら、内心ホッとしていた。確かに今の僕には休みの期間が必要だと思った。
「では、早速着替えてもらって、病院を出ましょう。和臣さんは支度をして、私は、下の会計係で労災の手続きを取って参りますので、玄関で落ち合いましょう。ご自宅へは私が車で送りますので。」
こうして、僕は大友さんの運転する車で自宅のマンションに帰った。
玄関のドアを開けると、朝出たばかりの部屋だが、何だか懐かしい気がした。


暫くカウチに寝そべって、動かなかった。
病室のベッドでは、気絶していた時以外は一睡もできなかった。検査で忙しかったからだ。
腹が減った。
朝は勿論食べてないし、病院でも検査のため、食事は夕食からという事になっていた。そして、僕はもう退院している。
外に食事に出かける気力もないし、自分で作る気はもっとない。どうしようかと悩んだ。
腹が減った事を気にしているフリをして、美月からメールがない事を気にしてる自分を誤魔化そうと思ったが、無理だった。
確かに腹は減っているのだが、メールが来ない事のダメージに比べれば、屁でもない。
アカネに電話しようかと思った。電話は催促感が強すぎると判断し、「美月にメール送った?」とメールした。
アカネからすぐに「送ったよ。けど、私からのメールにもこれまで一度も返信がなかったから、望み薄じゃね?」と返ってきた。
「望み薄」という文字は、正直堪えた。
そして僕はカウチで動かなくなった。
動かないと、すぐに寝た。睡眠不足が祟ってたのだろう。秒で寝た。

電話の音で目が覚めた。
画面を見ると、ブルーアネモネと表示されていた。僕はすぐに出た。
「オミ君かい?」
「ええ、マサさん、どうしたんですか?」
「いや、今日の会社帰りにウチに寄れるかなと思って…」
「大丈夫ですよ。何なら、もっと早くてもいいです。」
「どうした、会社休みなのか?」
「ええ、遅い夏休みをもらいましてね。今日から2週間休みです。」何故か、咄嗟に嘘をついた。
「2週間も?そりゃ、新入社員にしてはいい身分だなあ。じゃあ、オープンの1時間前、5時でどうだい?」
「分かりました、行きます。でも、何の用ですか?」
「それは来た時に話すよ。大した事じゃないし、君に悪い話じゃないと思うんで、気楽に来てくれ。」
「分かりました。じゃあ、5時に」
「ああ、待ってるよ。」
電話を切ると、スマホの時間を見た。午前11時37分だった。
僕はのろのろとトイレに向かった。

トイレで用を足し、時間をかけてシャワーを浴びると、人間に戻った気がした。
それまで人間じゃなかったとすると、何だったんだと言われると困るのだが、兎に角人間に戻った感覚になった。
髪を乾かし、普段着のTシャツに、ユニクロのベージュの感動パンツを合わせた。平日、お昼前に起き、普段着を着るのはいつぶりだろうと考えた。いつぶりは、すぐに計算できるので、考えるのはやめたが、とてもいい気分になった。

むちゃくちゃ腹が減っていた。
折角なので、すぐに外へ出て、高見が原に向かう事にした。昼飯を駅前のボンバー食堂で食う事を思いついたら、口が唐揚げの口になってしまった。

玄関を出る時、革靴ではなく、スニーカーを履いた。更に気分が良くなった。

ボンバー食堂は、高見が原駅の南口にある小さな路地にたくさんの飲食店が集まっているサン商店街の中にある。
店主は、うちの大学のプロレス研究会出身だという40代のおじさんで、揚げ物の定食オンリーの店だ。中でもここのイチ推しは唐揚げ定食で、唐揚げはプレーンで食べても美味いのだが、色んなタレが用意してあり、どれかをかけて食べるのがお薦めだ。僕は全部試したわけではないのだが、ベスト3がある。第3位は、「ネギ塩ダレ」、第2位は、「ガーリック醤油」で、ダントツの第1位は、「ゴマ・タルタル」だ。
ゴマ・タルタルとは、店主がカルディで買ってくるしゃぶしゃぶ用のゴマダレと、タルタルソースを1:1で合わせたものだ。因みに、ネギ塩ダレもガーリック醤油は店オリジナルで作るのだが、僕のダントツ1位はゴマ・タルタルだ。ゴマダレ×タルタルなだけなのだが、ここでしか食べられないガーリックと生姜がきいた唐揚げにかけると、不思議な事に市販品の枠を大きく飛び越えてしまい、絶品の味となる。しかも、メシ大盛りは無料で、キャベツのお代わりも無料なので、唐揚げを食べる速度を気にせずにメシもキャベツも食える。僕は学生時代に学食、ブルーアネモネの次に通ったのが、多分ボンバー食堂だと思う。それぐらい僕はここの唐揚げにハマってた。

ボンバー食堂の事を考えながら電車に乗っていると、スマホが鳴った。アカネから「美月ちゃんから、連絡来た?」とメールが入ってた。
「まだ」と答えると、
「やっぱ無理だと思う。ゴメン」と返ってきた。
「謝ってもらう事じゃないよ。こっちこそ、ゴメン」と返信した。
高見が原駅に着いた。

ボンバー食堂は、相変わらず満員で、10人ぐらい並んでいた。
店は小さくて、カウンター席に5名、カウンターの後ろに2人掛けのテーブル席が2つあるだけだ。カウンターの中では、腕の太い店主が一人で調理しており、ホールには店主と同じ黄色の生地にボンバー食堂と赤文字のロゴが入ったTシャツを着たホール係のアルバイトの女子が一人いた。
20分ほど待って、待望の唐揚げゴマタルタル、メシ大、キャベツマシを頼み、10分で完食した。腹が膨れた。僕は大満足で店を出た。

まだ、2時過ぎだ。カフェで時間を潰すには長すぎるし、僕には今どうしても買いたいものがないから、行きたい店はない。
腹が膨れすぎて、少々苦しいので、散歩がてら、宛てもなく商店街をぶらぶらする事にした。


高見が原駅前は、南口が拓けており、南口には大通り商店街、JR前商店街、青空商店街という3つの大きな商店街があり、デパートが3つ、ファッションテナントビルが4つもある。
デパートや、ファッションビルには用がない僕は、よく通った大通り商店街を巡る事にした。
何故僕が大通り商店街によく行ったかというと、駅前最大の書店があるからだ。


僕には趣味がない。音楽は楽器も弾けないし、音痴だし、格別推しがある訳ではないし、どんなジャンルでも聞くけど…ぐらいの感じだ。スポーツは苦手だ。運動神経がない方だからだ。アニメやゲームにも関心がなくて、唯一関心があると言っていいのが、「読書」なんだ。
読書って、どんな?と訊かれると困る。書店に行って、文庫本コーナーの店員さんのおすすめのメモを見て買ったり、表紙だけで買ってみたり、写真集のコーナーで色々見たり、専門雑誌のコーナーで、変に鉄道に詳しくなってみたり、兎に角雑多で、自分の興味のままに動き、本を買い漁り、家に帰って読んだり、読まなかったり…そんな感じが大好きなのだ。
そして、ここの書店が好きなのは、書棚と書棚の間にベンチがあり、買ってもない本を「座り読み」ができる事だ。大学の頃、何度ここで本を読んで過ごした事か。それぐらい入り浸っていたのがここだ。
今日は腹ごなしのつもりなので、座り読みはせず、広いフロアを順に見て周り、自分の関心があるものを探そうとした。
1時間以上かけて、大体一回りした後、僕は愕然とした。
全く興味がある本が見つからなかったのだ。
文庫本は勿論、新刊本なんかは、すぐに自分が今やってる広告営業に直結してしまうし、雑誌もそうだ。他の専門書なんかも結局は広告やイベント、キャンペーンなどに関連づいて考えてしまう。そうなると、途端に興味が失せる。仕事っぽくなってしまうからだ。
重症だなあ…そう思いながら、僕は書店を出た。

まだ、5時にはちょっと時間があったので、大通り商店街を奥まで進む事にした。そうするとブルーアネモネに行くには大分戻ってこないといけなくなるのだが、気にせずに歩いた。
通りの左側のビルの1階にゲームセンターがあった。実は僕はここに来たかったんだ。書店はこっちに来るためのいい訳みたいなものだ。
宛てもなくは嘘だ。最初にこのゲームセンターを思い出したのだが、何だか行くのが怖くて、まずは書店に寄った。でも、やっぱりここへ寄る事にした。


3年になり、河端ゼミに入ると、歓迎コンパが駅前の居酒屋で開かれた。コンパの後、何故かみんなでこのゲームセンターに立ち寄り、何故かみんなでクレーンゲーム大会になった。くじ引きで僕は美月とペアになり、美月が欲しい物を捕る事になった。美月は「キティちゃんのデッカイぬいぐるみが欲しい」と言ったので、僕はムチャクチャ頑張った。そして、5千円もかけてやっと捕った。ぬいぐるみを取り出すと、美月は僕を思い切りを抱き締めてくれて、「ありがとう」と言った。そして、記念に僕とぬいぐるみと美月でプリクラを撮った。何故か照れて、データはもらわずにプリントだけをもらった。あの時、恥ずかしがらずにデータをもらっておけばよかった。そしたら、その後メールのやり取りができたのに…今は、それを後悔している。あの時、僕は美月の事が好きだと確信した。でも、それも伝えられずに会えなくなってしまった。
大学は4年まであり、時間はまだたっぷりあると思っていたのが失敗だった。
あんなにすぐに美月がいなくなってしまうなんて、あの時の僕は考えもしなかった。
そして、あの時の僕は、自分に自信もないし、勇気もなかった。
今は?今は違うはずだ。だから、美月に会いたいんだ。

店内に入った。キティちゃんの景品はなくなっていた。それどころか、僕らが撮ったプリクラも機種が代わっていた。

スマホを見た。そろそろブルーアネモネへ向かう時間だ。

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