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【創作大賞応募作・恋愛小説部門】ブルーアネモネ(3)


コーヒーの後、すぐにサパーセットがみんなに配られた。
ブルーアネモネ特製のサパーセットは、トレーのような1ディッシュに、耳を切り三角形に二つ切りされたバターがたっぷり塗られている厚切りのトーストがあり、その横に小学校低学年が履くビーチサンダルほどの大きさの小判型のメンチカツが一つ。このメンチカツも分厚くて、厚みは2㎝以上ある。メンチカツには店特製のソースがかかっており、これが普通の中農ソースとは違う味がして、美味さを引き立てる。そして軟式野球のボールほどの大きさでスクープされたポテトサラダが添えられている。これも少しスパイスを感じるちょっと他では食べられない味で、人によってはこの味に病みつきになる。因みに僕もその一人だ。
トーストには、頼めばはちみつをかける事も出来る。僕らは全員はちみつをかけた。このはちみつも美味いからだ。必!と言っても過言ではない。
トレーが全員に回ると、ひとまず全員が無言になり、一心不乱に食べ物をやっつけにかかった。
今日は有紀ちゃんも向こう側のカウンターで同じものを食べていた。
みんな「これなんだよねえー」とか、「他じゃあ、このソースじゃないんだよなあ」とか言いながら、むしゃむしゃ食べた。
その間、マサさんは食後のコーヒーを淹れていた。
 

食事が終わり、食後のコーヒーが届くと、みんなは、そんなに昔じゃない昔話で盛り上がってた。ゆうて、長くても2年ぐらい前の事なのに、話す事はたくさんあった。
面白いのは、みんなが一つの出来事に対して、それぞれに記憶された内容が違い、結末がちょっとずつ違う事が結構多い事だった。
誰かが何かをやらかした。大体の話がそれなのだが、「誰か」が微妙に違っていたり、「何か」が違っていたり、酷い時は「いつ」や「どこで」が違っていたりした。
それをみんなで違いを指摘し合い、更に話は盛られていく。この話し合いには河端先生や、マサさん、ケースによっては有紀ちゃんまでもが入り込んでいる。
時折僕にも話を振られるのだが、どうにも僕は話に身が入らず、何となく相槌を打って、お茶を濁していた。それどころか、こんな話の大半はAIが仕切るような時代になればなくなるんだろうなあ?なんて考えていた。
 
今日の僕は、美月が来ない事が分かった時点で詰んでいた。しかし、それはみんなにバレないようにふるまったので、誰も気づいてはいないだろう。
 
それよりもいつまでも来ない隆太の事が気になっていた。
川崎隆太は、2年生まではアメフト部をやってた典型的な体育会系だが、2年生の終わりに、試合中にアキレス腱を断絶する大怪我をして退部した。その後ほぼ1年近く大学を休学して治療に専念し、3年からは普通の学生と同じカリキュラムとなり、彼は河端ゼミに入ってきた。留年したせいで1コ年上だが、僕らと同じように就活を始めた。そしてアメフト部のOBのつながりで、メガバンクに新卒で入った。
会社に入ってすぐに、様子を聞こうとラインしたのだが、既読はついたものの返信がなかった。
あの時は、きっと忙しいのだろうと、受け流していたが、今日来ない事で急に心配になった。
「ショーゴ、リュータから連絡来てるか?」と僕は訊いた。
「あっ?ああ、スマホ気にしてなかった。今、見てみるよ。あ、返信来てた。」
「何て?」
「ムリ、悪い、先生に宜しく言っといて」だと。
流石に世話になった河端先生の集まりには、返信してくるんだなあって、変に感心した。
「何だ、来ないのう?リュータ君らしくない。」とアカネが言うと、「リュータがブルーアネモネに来ないなんて、ビックリだよねえ。」サオリが返した。
「だよなあ、リュータはここのメンチカツを誰よりも愛していたからなあ。」ショーゴが言ったら、
「そうだよ。アメフトの現役時代は彼、ランニングバックだったから、細くて細マッチョだったんだけど、ここに通い出したらもう、ブクブク太っちゃって…私、リュータは細い方がカッコいいよって、何度も言ったんだけど…ダメだったよねえ。」アカネが言った。
それを聞いて、サオリが「アンタ、リュータ推しだったもんねぇ」と言うと、「えっ、そうだったの?知らなかったあ…」とショーゴが冷やかした。
「アメフトの現役時代ね。後は普通なんだから。」
「でも、一緒のゼミになってちょっとトキメイタろう?」
「ええ、そんな事ないよー」
リュータの所在が確認したかっただけなのだが、話は変な方向へと広がっていった。この話の発生源は僕だから、そろそろ収束させなければならないと思っていた。すると、河端先生がぼそっと「彼は仕事が大変なんじゃないかなあ…」と言った。
「やっぱ、そうなんですかね?」とショーゴが訊いた。
「多分ね、彼コネ入社みたいなもんだしね。会社の中のどのラインで仕事してるのかは分からんが、いずれにせよ人間関係とかね、色々と」
「分かりました。じゃあ、後でグループラインでみんなからもリュータにメール送ってやってくれよ。勿論、俺も返信するから」とショーゴが言うと、みんなが頷いた。
そこへ「デザートだよ」と、マサさんが声を掛けた。
またも久し振りの味だ。みんなイエーイと言った。

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