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吉報

 そんなことできるのか。友人からの一件のメッセージは私を混乱させた。

 六月初旬、大学同期のネコから、奥さんが妊娠したとの報告を受けた。大学テニス部の唯一の同期だ。親友同然の彼の吉報は、自分のことのように嬉しかった。

 同時に強い驚きもあった。三月、先輩の結婚式で顔を合わせたとき、ネコは九月から研究のためにフランスへ発つと言っていた。出産予定は十一月だ。お産に立ち会うにしても、産前・産後に奥さんを側で支えることはできない。優秀で要領のいいネコだが、お産となると話は別だ。どうするつもりなのか。

 その後、先輩宅でネコ夫婦と夕食に集まった。安定期に入った奥さんのお腹は既に丸みを帯びている。奥さんが椅子に腰掛けるとき、ネコが手をとって支えた。ネコはお世辞にも人に優しいタイプではない。親友の変化になんともほっこりした。

 ネコに対する質問は山ほどあった。親友とは言え、今日は奥さんも同席している。順番とタイミングは間違えられない。

そんなことを考え、ソワソワしていると、先輩が単刀直入に切り出した。「出産と留学の時期が重なるけど、大丈夫なの」。回答の役目は奥さんが買って出た。「ネコのご両親も助けてくれるし、心配してません。それに、産んだらすぐに仕事に戻りたいんです。」

若くて時間と体力があるうちに、人生のイベントを済ませておくことが、研究者の間では一般的という。私の知る世間一般とは別の世界があった。

二人の判断は、夫婦共々キャリアを確立するという目的に適っていた。男のために女が負担を強いられるような家父長制的な家族像を友人夫婦に当てはめていたことを恥ずかしく思った。同時に、個人の選択の多様性により理解のある世の中を創りたいと思った。

妊娠の報告を受けたときの驚きが、腑に落ちる瞬間だった。


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