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和の心コズミックスピリット㉓
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■縄文の頃で言う『型』と今の『道』との深い関わり合い
西洋では物理的存在を扱う「科学」と心を扱う「宗教」という、二つの別々な方法でこの世界や人間をとらえてきました。合理主義の前者は宇宙を自然発生とし、心の世界を重視する後者は宇宙を神が創ったと言い、この両者の矛盾を心の文化を区分けすることで認めてきました。
しかし日本人は宇宙という存在をいかに認知するかではなく、存在への直接的同化を大切にしてきたように思われます。そしてその方式を型と言い、後の時代にはその実践を道と呼んできたように思います。
仏教、ヒンズー教、キリスト教、イスラム教…と、世界の宗教が『教(え)』であるのに対し、神道が『教(え)』ではなく、茶道、弓道などの芸道・武道の文化と同じく『道』であるのも、この観点によるのであると思われます。
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■日本は農耕に頼らない定住生活一万年以上も続けていた
西洋の考古学者たちが描くシャーマニズム社会のビジョンは、一人のシャーマンを頂点にして成立する社会であり、神霊などとコンタクトできるシャーマンはそのトップに君臨する権威者です。
これは多くの古代社会において実際にそうであったと思われます。しかし縄文の円文化社会に関しては、そうした権威者の存在の形跡はほとんど見当たりません。
反対にみんなで築き上げられた社会としての痕跡が濃厚です。シャマニズムの時代から、円形集落社会とそうでない社会との間には、すでに明確な差異が成立していたのではないでしょうか。
西洋の学説では長い間「農耕の始まり=定住生活の始まり」と考えられてきました。ですが私たちの祖先は、この常識には当てはまらない、農耕にほとんど頼らない定住生活を一万年以上の長期にわたって営みました。
例えば縄文には、一つの場所に千五百年にわたって定住した生活跡などもあり、こうした生活を狩猟採集による定住生活と見る専門家もいます。一つの社会が千年以上にわたって持続するというだけでも、人類史の中の例外にあたりますから縄文の持続性は驚異的なのです。
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■農耕がなければ労働という概念は生まれなかった?
縄文文化と一言で言っても地域差も大きいのですが、総じて彼らが農耕に頼らない定住生活を送っていたことは間違いありません。農耕は人類に労働という概念をもたらしました。
そして集団による労働は、集団の統率性を必要として、統率者を生み、労働者を生み、そうして生じた上下の関係性による社会の中では宗教にも上下が生じていきます。
権威シャーマンの存在はそうした社会の必然と言えるのではないでしょうか。あるいは円形集落文化でない不平等を常識とする社会(古代ではそれが当たり前でした)には、農耕以前から権威シャーマンは存在していたのかもしれません。
(続く)
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■過去記事
続きものになっているので、興味がもてた方は最初から読むとより面白いかと思います(^-^)
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■関連書籍と記事の紹介
ガイアの法則
これからは日本の淡路島、明石の東経135度線が世界の中心となる…。これは世界、宇宙の法則であるスピンにそれが証明されているという千賀一生さんが実際に体験したチャネリングより記された一冊です。
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日月神示解釈本:中矢伸一
千賀一生さんを紹介していた、主に日月神示の解釈本を書いている中矢伸一さんの書籍です。今の感染症の時代を予期していたかのような内容が書かれているのが興味深いところです。
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