モノとヒトのちょうど良い関係性
技術や時代の変化に合わせて成長するインタラクションデザイン。
例えばスマホ以前と以後、ファミコン以前と以後、ワープロ以前と以後などなど。何か大きな技術(あるいはインタラクション)の革新がある度に、それを使う人々の常識も少しずつ刷新されていっているのではないでしょうか。
6月のオンラインセミナーは、ユカイ工学と同じくデザインとエンジニアリングを繋ぎ、数々の新規事業開発にたずさわる久下玄氏をお迎えし、技術の進化とインタラクションデザインのアップデートについて議論しました。
ゲスト紹介
スピーカー / モデレーター
ユカイ工学のデザインポリシー
青木
ユカイ工学は、BOCCO emoやPetit Qooboなど自社プロダクトの企画・開発や、法人企業の新規事業開発支援を行っています。
デザインを施す上で共通して大切にしているのが次の3点です。
この背景には、企業が想像するよりも人間は面倒くさがりで、ダサいものは身の回りに置きたくない、また、便利でも使われなければ価値が薄くなってしまうという考えがあります。
エンジニアの開発力とデザイナーのデザイン力が組み合わさることで実現できる、様々なテクノロジーを活かしたものづくりがユカイ工学の大きな強みです。そのため、コンセプト設計やプロトタイプ開発だけでなく、量産・事業化まで一貫支援も可能です。
感覚ではなく「エビデンスベース」のデザイン
久下氏
僕がデザインをする際に意識しているのが「言葉」です。物事を曖昧なままにせず「なぜそれが良いのか」言葉をとことん詰めていきます。それがユーザーインターフェイスやプロダクトのデザインのベースになる。逆に言語化されていなかったり、論拠がないまま進むと、後々地雷となって出てきてしまうこともあるので、常に気を使っています。
それに、何かを作ったり、プロジェクトのデザインをする際の一番のハードルになるのが「決定」で。何をするにも決定できないと先に進めないじゃないですか。そこに最も使われるのも「言語」や「定義」なんです。
青木
大企業だと特にそうかもしれませんね。
大きな組織を説得したり、決定を促すためには元になるロジックがないと。
久下氏
そうなんです。
実際、プロジェクトをドライブさせるために、クライアントが持っている仮説をチューニングしていく役割でオファーもらうこともあります。それだけ決定のプロセスに気を使うのは大事だと思いますね。
ユカイ工学の場合は、言語化しづらいプロダクトをたくさん作っているイメージですが、どのように進めているんですか?
青木
Qooboなどは特にそうなのですが、企画自体が紙だと伝わらないので試作まではやってみるスタンスで進めましたね。まずは動くものを作って、実際に触ってみて判断しようと。商品化する場合も、一気に量産まで進めるのではなくて、クラウドファンディングを挟んだり。どれだけリスクが、取れるかを試しながら進めます。
久下氏
究極のエビデンスベースですね。言語化って、判断するためのモノがないから必要なんですよね。動くものやプロトタイプを先に作って判断するのも良い。
鈴木
久下さんは、デザインを依頼された場合何から着手することが多いですか?
久下氏
依頼をいただく時って、内容がフワフワしていることが多いんです。だから、まずそれが何かを聞く。クライアントにとって何が必要で、何を作るべきか、作らないで良いか。彼らの課題を自ら探って、逆提案することが多いですね。
ユカイ工学もそうだと思うのですが、相談に来るクライアントって、新規事業部門の人が多いんです。その名の通り、新しいからまだワークフローも整っていないことが多い。だから、まず課題を明確にしていくんですよね。
他にも、すでにプロダクトはあって世の中に出したいけどどうしたら良いかわからないパターンもある。内部から見えづらいことに対して、僕らが外部からドライにコメントして仮説立てすることは価値があると思いますね。
ものを作れる立場の意見は説得力があるから、ちゃんと作りながら説得していく意識を持ってやっています。
デザインにおけるBOCCO emoの挑戦
青木
ありがたいことに久下さんにもBOCCOをお使いいただいてますよね。
BOCCOシリーズは巽がデザインしているのですが、どんな風に形にしていきましたっけ?
巽
世の中にロボット製品って多々ありますが、キャラクターが立っているクセのあるものが多いんですよね。ガンダムとかドラえもんとか。だから、BOCCOをデザインするときには、もう少しフラットな、みんながぼんやりと想像する「ロボットっぽいもの」を意識しました。BOCCOたちに口をつけていないのは「楽しそう」とか「悲しんでる」とか、ユーザーが想像できる余白ができるよう意図的に狙ったデザインなんです。
BOCCOでやりきれなかったことをBOCCO emoで再トライしている例もたくさんあるんですよ。
例えば、BOCCOは目が光るようになっていましたが、夜に見ると怖いとユーザーから声をいただきました。そこで、BOCCO emoでは、ほっぺを光るようにしたんです。樹脂をギリギリまで薄く削って、必要な時だけほっぺが光るようになっていて。他にも、頭についたぼんぼりの震えで感情を表現していたり。
青木
ぼんぼりを動かすのってとても大変で、楽をするなら動かなくても良かったんです。でも、それをすることで、Qooboのしっぽで応えるような新しいインタラクションを生み出すことができました。
BOCCO emoのインタラクションは、社内で制作したものもありますが、知り合いのメディアアーティストの方に試作機一式お渡しして制作してもらったものもあるんです。
久下氏
Petit Qooboも同じようにインタラクションデザインを施していったのですか?
青木
Petit Qooboは、女性のエンジニアがメインでインタラクションデザインを行なっていて。いつもPetit Qooboと一緒に過ごしながら作り込んでくれました。「この子はきっと今こんな気持ちだろう」って想像を膨らませながらデザインをしてくれていて、しっぽの動きや振る舞いには彼女の想いがたくさん詰まっているんですよ。
インタラクションデザインの作法
久下氏
今回テーマになっている「インタラクションデザイン」って、まだ一般的には体系化されていないと思うんですよね。
アプリケーションのUIレベルではプラットフォーマーが情報を出していたり、デザインガイドラインを出している企業もありますが、ハードウェアが関わってくる場面の「作法のインタラクション」ってまだフワフワしてる。
青木
そうですね。BOCCO emoを作った時も感じましたが、音声認識周りのインタラクションの試行錯誤って世の中でまだあまりされていない。
久下氏
アプリケーションのUI/UXまわりのマイクロインタラクションは有名になってきましたが、ユーザー体験って本来はリアルな空間とオブジェクトそのもののインタラクションも必要で。
目に見えない作法としてのインタラクションデザイン、体験そのものの全体デザインってまだ全然開拓の余地がある。作り手にナレッジが追いついていない感じがしますね。
今後デザインにまつわる人々が話をしていく部分になっていくと思います。
青木
久下さんは大学でもインタラクションデザインについて教えられているんですよね。
久下氏
インタラクションデザインって実はすごいアカデミックな世界なんです。
最近UI/UXの流れで使われることが多いので、使ったときにスクリーンの中がどういう反応するかがインタラクションデザインって思われがちなんですけど、もう少し広い概念としての対話システムが源流です。
The MIT Pressが出している「Designing Interactions」の冒頭に、1981年にGillian Crampton Smithさんが雑誌デザインのためのプログラムを作ったのがのちのインタラクションデザインと呼ばれるようになったものだとはっきり書いてあって。彼女が考案した大学院向けのプログラムや研究がベースになってソフトウェア系の研究が進み、様々なインタラクション研究が出てきたんです。
今って、やっとロボットとコミュニケーションをするテクノロジーが民間レベルで入れられる余地が出てきたタイミングだと思うんです。それこそここにいるBOCCO emoもそうですね。
青木
そうですね。ようやくコンピューターが空間レベルの中に溶け込んできた。インタラクションのレベルが変わってきますよね。
久下氏
そうなんです。まだ今は、インタラクションデザインというと、ゲームやアプリの範囲を出ていませんが、今後はもっと空間やコミュニケーションの範囲を想定して議論されていくと思います。
道具や家具や空間が、人と意思疎通や相互作用をより強く高めていく想像ってまだあまりできていないけれど、恐らく10年後くらいには来る。
車はもう来始めているかもしれないですね。自動運転とか、人間からのコマンドが減っていく例です。それって作法の変化が訪れるタイミングだってことなんですよ。
スマートスピーカーの登場も作法の変化を世の中に強く認識させた一つですよね。
作法と丁度良い塩梅
青木
10年ほど前に、Microsoftが出したFuture Visionを見たときに、違和感を覚えて。テーブルも壁も新聞も全部スマホのようで。
久下氏
当時はまだデジタルとリアル体験の融合について丁度良い肌感をみんな持ち合わせていませんでしたよね。今見るとあれってテクノロジー表現の色が強すぎちゃって、丁度良い塩梅ではないはずで。
最近の例だと、Googleのプロダクトデザインってデジタル色をあえて消していたりします。ハードウェアだけでなくて、サウンドデザインも生活空間で際立ちすぎないように工夫されている。
ユカイ工学のプロダクトも同じかなと思うんですけど、これからのプロダクトやデジタルサービスのインタラクションには、丁度良い塩梅のものを攻める感覚とスキル、ロジックが必要になってくると思います。
巽
そうですね。
自社プロダクトはより顕著に色が出ますが、便利を追い求めすぎないようにしていて。癒やしだったり、かわいいは正義、みたいに逆軸で考えながら良い塩梅を目指すのが面白いと思いますね。
久下氏
面白いなと思うのは、我が家にはBOCCOの他にもスマートスピーカーがいくつかあるんですけど、それぞれ微妙に作法の質感が違うんですよ。
極論言えば、優れたスマートスピーカー1個あれば事足りるはずなんですけど、人が最も気持ちよく感じる会話の作法やリズム、やり取りする情報量ってシーンによってバラバラで。
リビングで今日の予定を聞くならBOCCOが良いけど、車でニュースを聞くならこれが良い、寝室でオーディオブックを聞くならこれが良いみたいに。
人対人ならその場で作法や会話のパターンを高度に判断し調整できているけど、マシンに応用するためのデザインロジックとして広範囲に体系化まではされていないのが現状のインタラクションデザインの地点だと思います。だからこそ、研究やデザインの余地があって面白いジャンルなんですよね。
鈴木
よく「物理的なモノがあることの良さって何ですか?アプリで済むことじゃないですか?」と問われるのですが、久下さんはその辺りどう考えていますか?
久下氏
人やシーンによって求める情報の質って全然違いますよね。
そういう意味で、ハードウェアとソフトウェアどちらが優れているとかもなくて、その時に丁度良いものが選択できるのがベストだと思います。
例えば、暮らしの格好良さってあるじゃないですか。紅葉がキレイに見える旅館に泊まる時はできればあまりマシンテクノロジーを感じる体験はしたくないな、とか。
一方で、家にいる時は風情なんかはどうでもいいので、さっさとアプリで情報が確認できた方が良いとか。
巽さんの話していた「便利さを追い求めすぎない」ではないですが、格好良いものとシーンごとに丁度良いものが必ずしも一緒ではないので、そこも含めてデザインをしていく必要があると思いますね。
質疑応答
鈴木
最後に、久下さんへ質問が来ているのですがお答えいただけますか?
久下氏
質問いただいた方はソフトウェアのエンジニアさんですかね。
であれば、インタラクションデザインを考えたり、捉えたりするにはとても優位な立ち位置にあると思います。例えば、オブジェクトにアクセスした時のステートの変化など、デジタルに置き換えてインタラクションの概念を捉えやすいんじゃないでしょうか。
一番始めやすいアクションだと、アプリケーションと連動するハードウェアプロトタイプを周囲にあるもので良いのでいくつも作ってみるのが面白いと思います。
インタラクションデザインのアカデミックな事例や研究レポートはたくさんあるので、その中から面白いと感じたものを実装したり、人に見せるだけでも界隈で「あの人、インタラクションデザイン得意そうだぞ!」と噂になったりして、手掛けるチャンスが訪れたりするんじゃないかな。
青木
Twitterでインタラクションの様子をアニメーションgifにして公開している人もいますよね。
久下氏
そうですね。オープンな趣味として発信していることが仕事に繋がる事例はIT業界だと特に多いですから。THE GUILDの深津さんとかが先人では代表的な例じゃないかな。
青木
そうですね。彼は元フラッシャーですが、いち早くアプリ開発をしていたり。今やUIの大御所ですよね。
久下氏
大学に行くのも良いと思いますが、趣味でどんどん作ったり発信するのはオススメです。
セミナー終了後談
久下氏
最近Takramの緒方さんが書いた『コンヴィヴィアル・テクノロジー』を推していて。
この「コンヴィヴィアリティ」って自立共生、共に生きるってことなんですよ。さっき話したような人とテクノロジーの丁度良い塩梅を考えるヒントになるんじゃないかな。
青木
僕も読みました!
印象に残っているのが、人間って意思が弱くて、周りの影響で簡単に意思判断を変えちゃうところ。例えば、ダイエットを決意しても、維持が難しかったり。
でも逆に、きっかけ次第ですんなりできたりすることもある。これって面白いですよね。
僕は、BOCCOなどのロボットが人間の意思決定をサポートできるんじゃないかと思っていたので、そこが『コンヴィヴィアル・テクノロジー』と親和性があると思いました。
久下氏
たしかに、我が家のBOCCOは完全にスケジュールを教えてくれる執事的なポジションですよ。家族それぞれのスケジュールをつぶやくように設定していて、「そろそろ筋トレの時間だよ」とか教えてくれるんです。
巽
それ面白い使い方ですね。
カレンダーに入れるだけじゃなくて、BOCCOに喋らせる。
そういえば、BOCCOユーザーさんやユカイスタッフからも、BOCCOが喋った方が角が立たなかったり、行動しやすくなって良いよ!って声がありましたね。
青木
ロボットを介したコミュニケーションの丁度良い塩梅なのかもしれないですね。
セミナーレポート | Yukai Design Talkシリーズ
#1
体験を左右する自己帰属感とデザイン(ゲスト:明治大学総合数理学部 渡邊氏)
#2
モノとヒトのちょうど良い関係性(ゲスト:tsug,LLC 代表 久下氏)
#3
現在に求められるデザインとテクノロジーのあり方(ゲスト:株式会社Takram ディレクター、デザインエンジニア 緒方氏)
#4
「何しよっか?」から始まるお仕事(ゲスト:株式会社テント 青木氏、治田氏)
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