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インプロを通して、僕はこれから「失敗する自由」を売りに行く。

この記事は第二回cakesクリエイターコンテストの一次選考を通過しました

僕は「インプロ」と呼ばれる即興演劇をやっている。インプロとは台本の無い中で即興で演じたりストーリーを語ったりするものである。ショーとしてインプロをするときはお客さんからもらったアイデアをもとに始めることもある。例えば「ゴールデンウィークに行きたいところは?」と聞いて「ピクニック」という答えが返ってきたら、ピクニックのシーンを始める、といった具合だ。

僕がインプロに出会ったのはおよそ8年前、大学の授業においてだった。当時の僕は東京学芸大学で教育学を学んでいた。そして「演劇学科にワークショップを学べる授業があるらしい」ということで行ってみたら、それが高尾隆先生(通称どみんご)によるインプロのワークショップだったのだ。そして僕は「こんなに面白いものがあるのか!」と思いインプロにはまっていった。

インプロの面白さを言葉で説明するのは難しいが、そのひとつには「想定外のことが起こる面白さ」がある。これは言いかえれば「失敗することの面白さ」と言ってもいい。ワークショップでは「失敗を楽しむこと」「失敗をオープンにすること」を教わった。僕はそれまで失敗に対してそんなふうに考えたことは無かったから、そのことに衝撃を受けた。

多くの人は失敗をするとそれを隠そうとする。するとその場所の雰囲気は暗くなり、より失敗できない場所になっていく。しかし失敗をオープンにすればその場所は明るくなり、より失敗できる安全な場所になっていく。失敗をオープンにすることは自分を自由にすることであり、同時に人を自由にすることなのだと思う。

在学中は仲間とともに「インプロゼミ」というゼミを立ち上げてインプロを教わったりパフォーマンスをしたり教えたりしていた。そして僕は大学卒業後もインプロを続けた。

インプロをパフォーマンスする人のことを「インプロバイザー」と言う。僕はインプロバイザーとしてこれまで大小あわせて100以上のステージに立ってきた。そして僕はショーの時も「失敗を楽しむこと」「失敗をオープンにすること」を大事にしている。「本当にチャレンジしていいのだ」「本当に失敗していいのだ」ということ自体がアートとしてのインプロのメッセージ。インプロのショーはお客さんを楽しませるだけではなく、お客さんを自由にするものだと思っている。

インプロを教えること

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僕はインプロと出会ってからわりとすぐに教え始めたので、インプロを教えることも7年くらいやってきている。そして最近ではインプロを教えることのほうが自分の活動のメインなのだと思うようになってきた。

「インプロを教えています」と言うと、「どうやって教えているんですか?」と聞かれることが多い。インプロは基本的には「インプロゲーム」と呼ばれるゲームを使って教えていく。

僕がやっているインプロはイギリスの劇作家であったキース・ジョンストンという人が始めたものである。キース・ジョンストンはインプロを教えるためにたくさんのゲームを開発した。(ちなみにキース・ジョンストンは現在85歳で、今もインプロを教えている。そして「私は未だにインプロの教え方が分からない」と言っている素敵なおじいちゃんである。)

インプロのゲームには「ワンワード」というものがある。これはひとりひとことずつ話して物語を作っていくというゲームで、ふたりでやると次のようになる。

山に/来ている。/キノコを/取っている。/おや、/変わった/キノコが/あるぞ。/食べてみよう。/手を/伸ばして/キノコを/つかむ。/そして/キノコを/つかんで/食べた。/これは、/ヤバイ/……

このゲームをやって自分が想定した通りにいくことはまずない。むしろほとんどの場合「ちゃんとした」物語はできず失敗する。重要なのはどのような物語ができたかという結果ではなく、どのような自分だったかというプロセスである。想定外のことや失敗を楽しめていたか、それとも「ちゃんとやろう」と焦ったり困ったりしていたのか。インプロゲームはそういった自分に気づかせてくれるものである。

また、インプロゲームは自分の発想やコミュニケーションの特性にも気づかせてくれる。例えば「自分はリードしたいタイプ」なのか「自分はフォローしたいタイプ」なのかというように。実は上記の例では太字の人がほとんどのことを決めていて、細字の人はついていっているだけでほとんどのことを決めていない。

別にリードすることが正しいわけではない。コントロールが強すぎると相手は嫌になってしまうだろう。場合によってはフォローすることが相手にとって嬉しい時もある。同様に、フォローすることが正しいわけでもない。いつもついていくだけでは相手は退屈になってしまうだろう。場合によってはリードすることが相手にとって嬉しい時もある。ここらへんは普段の人間関係と本当に同じである。

だからインプロはゲームの中で発想やコミュニケーションを学ぶことができるものだとも言える。実生活の中で失敗するとどうしても傷ついてしまうし、なかなか正直なフィードバックを得るのも難しい。しかしゲームの中でなら安全に失敗することができる。そしてそこで学んだことを実生活に持ってかえることもできる。

僕のワークショップの主な対象はいわゆる「普通の人たち(パフォーマーではない人たち)」である。しかしそういう「普通の人たち」がインプロの中で思いがけず輝く瞬間を見るのが好きだし、インプロで学んだことが人生に少しでも役立ったらいいなと思っている。

僕とインプロのこれから

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インプロは即興だから、やった後に作品が残るわけではない。もし残るとしたら、少し変わった自分自身くらいだろう。僕はそれでも構わないと思ってインプロをやっているが、しかし同時に何かを残していくことが自分の使命だとも感じている。

インプロには主に中級者以上への考え方として「自分がやりたいことではなく、世界が求めていることをやる」という考え方がある。インプロでは演じている最中に「次に自分が何をすべきか」が分かる時がある。そして実際にそれをするとその場にいる人たちが一体となるような瞬間が訪れる。

最近は実生活においても世界が自分に求めることを考えている。そしてそのことを考えた時に僕はキース・ジョンストンのインプロをもっと広める必要があると感じている。

だから僕は今インプロについての本を書こうと思っている。それもインプロ関係者に向けてではなく、できるだけ多くの人に向けて。

『嫌われる勇気』が昨今ベストセラーになった。とてもいい本だと思うし、僕自身かなり影響を受けている。『嫌われる勇気』は内容としてはアドラー心理学のことを書いている。しかしそれが一般の人に面白く、興味深く読めるように書かれている。僕はそれのインプロ版を書きたいと思っている。(ちなみにアドラー心理学とキース・ジョンストンのインプロはかなり近いところがある。)

そして本が売れたら全国でワークショップをしたいと思っている。本を書くことはインプロの体験をどこまで言葉で表現できるかのチャレンジである。しかしインプロを学ぶことは海に飛び込んでみるようなことだから、やっぱり実際の体験には敵わない。

僕は作ることは得意だけれど、売ることは苦手である。世の中にはモノやコトを躊躇なく売れる人がいて、そういう人に対して「すごいなぁ」と羨ましく思うような人間である。

しかしそんな僕でも本はベストセラーにしたいし、ワークショップは満員にしたいと思っている。なぜなら僕は今、僕の売るものに価値を感じているからだ。僕がこれからやっていくことは本やワークショップを売りに行くことではなく、「失敗する自由」を売りに行くことだと思っているからだ。

P.S. この文章は「自分がやっていることを母親に伝えるつもりで書いてみよう」と思って書いたらとってもいい文章になった。世界が自分に求めていることの中には「親孝行をする」も入っているので、それもがんばろうと思う。

(写真撮影:江戸川カエル)

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