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【ダイヤルアップ探偵団】第7回 平成の終わりに思い出す「2000年問題」狂想曲

90年代末から今世紀初頭にかけて、ブロードバンドインターネットが普及する前夜の「ネット文化」に注目する連載。第7回のテーマは、あたかも世界が滅ぶかのように言い立てられた「2000年問題」のから騒ぎについて。

●本稿は、2019年4月に刊行された「懐かしパーフェクトガイド Vol.7」(ダイアプレス) https://www.amazon.co.jp/dp/B07VGXRX8K/ 掲載するため製作したものです。noteへの掲載にあたり、改稿・再編集を行っています。

 改元の日が迫っている。

 新元号が発表されるのは4月1日なので、本稿を執筆している3月下旬の時点では、まだ明らかになっていない。「平成が終わる」という話だけが、繰り返しメディアを賑わせている。

 思い返せば、「天皇陛下のおことば」が報道された2016年8月以前の日本では、「次の元号」に関する話題はタブーだった。それはもう、不敬かどうか以前に、あまりにも失礼な話だからだ。

 改元を間近に控えた今日、過ぎゆくものとして「平成時代の文化」を語ることができるようになったのも、「おことば」があったおかげである。

 ただ、改元の1か月前に新元号が発表されるというオペレーションには、コンピュータエンジニアを中心に「遅い」という不満の声があるようだ。とはいえ、各種システムの改元対応が、かつての〝アレ〟のような重大事になっているかといえば、そうでもない様子。

 アレというのはもちろん、世界が滅ぶとまで喧伝された「コンピュータ2000年問題」、かっこよく略すと「Y2K」のことだ。

古いプログラムが「恐怖の大王」になった

 これまで年数を2桁でカウントしてきたプログラムが、繰り上がりに対応できなくて機能停止する……というのが、Y2K問題の起こる機序である。影響は古いプログラムに限られるが、軍事・インフラといった重要な分野では早くからコンピュータ化が進んでいたため、万が一の事態が恐れられた。

 当時はテレビ朝日で『ニュースステーション』をやっていて、メインキャスターである久米宏の、歯に衣着せぬ物言いが人気だった。1999年、同番組内で「2000年問題」の特集VTRを流すにあたり、流暢な口上が読み上げられたのを覚えている。

 いわく、コンピュータが暴走してガスや水道、電車も止まり、銀行口座は空っぽになり、原発で事故が起こり、ロシアからはミサイルが飛んでくる……かもしれないと。SF映画のような言葉を半分真に受けて、画面に釘付けになってしまった。

 マスメディアのセンセーショナリズムには批判もあるが、地下や水中に何千発もの核弾頭が待機していて、それが旧式のコンピュータで制御されていたのは事実なわけで、そう的外れな懸念でもない。核ミサイルが間違えて飛んでくる確率が1%でもあれば、それは大問題である。

 当時参加していたチャットルームでも「Y2K」の話題でもちきりだった。社会派のネットユーザーが集まっていたから……というわけではなくて、もともと大した話題がなかったからだ。

 趣味で作ったプログラムを公開している友人が3人いたが、誰に聞いても「古いプログラムのことなんてわからない」と言うばかり。筆者は軽口を叩いてツッコミを待つ立場だったので、「来世でお会いしましょう……」なんて書いて、ログを肥やしていた。

 90年代といえば、少なくない日本人が「ノストラダムスの大予言」を本気にしていた時代である。Y2Kをめぐる世間の大慌ては、そんな90年代にふさわしい終わりかただったのかもしれない。

飛んでこなかったロシアの核ミサイル

 もちろん、これらの懸念が「から騒ぎ」に終わったことは周知の事実である。ただし当時のチャット仲間とは、来世はおろか、数年もしないうちに連絡が取れなくなってしまった。

 1999年の紅白歌合戦は、「LOVEマシーン」のホワ〜ンで始まり、サブちゃんの神輿で幕を閉じる。『ゆく年くる年』を挟んで放送された2000年最初のニュースでは、懸念されていたコンピュータの暴走が、今のところ起きていないことが伝えられた。

 しばらくすると、「平成おじさん」もしくは「冷めたピザ」として知られる小渕恵三首相(当時)が安全宣言を出し、Y2Kは終息した。背景には各所の、血のにじむような努力があったはずだが、当時を知るエンジニアに話を聞いても「ただ待機させられただけ」だったりと、なかなか全貌がつかめない。

 Y2Kを越えて使いものにならなくなったものが、ひとつだけある。1年前に本屋のガチャガチャで当てた安物のキーチェーン時計が、この日を境に「1990年」にタイムスリップしてしまったのだ。これを発見して、逆になんだか嬉しかったのを覚えている。

 ところが、まだまだ「〜年問題」は控えているようだ。和暦に換算して昭和100年にあたる2025年のほか、特定のシステムで2進数での時間表現が繰り上がる2036年・2038年・2079年にも、同様の問題が発生する可能性があるという。

 いずれにしても、ミサイルが飛んでこないことを祈るばかりである。

西暦2000年に起きた本当の問題

 2000年には、2種類のウィンドウズOSが市場に投入された。2月に発売された「ウィンドウズ2000」と、9月に発売された「ウィンドウズMe」である。前者は「NT系」、後者は「9x系」というアーキテクチャの違いがあるのだが、外見・機能ともに似通っており、一般ユーザーには周知されていなかった。

 「最新OS搭載」は良いウリ文句だったため、2000のときもMeのときも、各メーカーは発売直後のOSを載せたパソコンを発売した。ところがMeはたいへんな不良OSで、致命的な「ブルースクリーンエラー」を頻発していたのだ。

 約1年にわたり、店頭に並ぶパソコンの半数はこのMeモデルであった。これが右から左まで全部ポンコツなのだから、買い手にとってはたまったものではない。エラーのたびに徒労に帰す労働力のことも考えれば、Meのもたらした経済損失は莫大だ。

 2種類のOSが「家庭用」として併売されている状態も市場の混乱を生んだ。今からすれば、こちらのほうが深刻な「2000年問題」ではなかったのか? と思ってしまう。

 翌年にはブロードバンド時代のOSである「ウィンドウズXP」が発売され、家庭用のウィンドウズOSは一本化される。インターネット文化が今日にも通用するような洗練を遂げるのは、この後である。

★その他の…… 「2000年」あるある

1. 「2000年=21世紀」と勘違いしたため、21世紀の到来を2回祝った
2. タイムカプセルを埋めるのがちょっとしたブームになった
3. 2000円札が普及すると信じていた
4. 安室奈美恵とhitomiの新曲のタイトルが「LOVE 2000」でかぶってしまう

著者■ジャンヤー宇都
当時は13歳でインターネット歴2年目。2000年を迎える瞬間にはジャンプをしていた。元号が変わる瞬間をどこで迎えようかと思案している。

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