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コンテンポラリーアートとしてのサーカス第三章 Nouveau Cirque(ヌーヴォー・シルク)を取り囲むフランスの文化価値

第一章、第二章も併せてお読み頂ければ幸いです。

更に躍進する80年代の政策

フランスのヌーヴォー・シルクが今日のような進歩を遂げるフレームワークを作成したのは1980年代です。

1986年、文化大臣であったジャック・ラングは、新たな国立サーカス芸術センター CENTRE NATIONAL DES ARTS DU CIRQUE 通称 CNAC を発足させました。学校は世界で最も有名な学校の1つになり、ヌーヴォ・シルクの芸術性の向上に向けた動きを始めるのを助けました。

今日のサーカス学校は象や虎などの動物の訓練を教えていません。サーカスからヌーヴォー・シルクへの進化を色濃く反映しています。アーティストに定義を同意させようとはしていませんが、広く受け入れられています。一般的に言えば、ヌーヴォー・シルクは、他分野の芸術領域を取り入れ、会場、衣装、音楽などの要素を変更することにより、伝統的なサーカスのスキルを取り入れ、それらを再定義します。アーティストは、日常のオブジェクトを小道具として使用したりもします。そして最も重要な事として、ヌーヴォー・シルクは大きなテントの下で上演される必要はなくなりました。

L'Académie Fratellini

Pierre ÉtaixとAnnie Fratellini は1987年に離婚し、アニーは学校とサーカスを経営し続け、娘のバレリーも家系を継承し道化師となりました。
1997年アニーの死後、兄のポール・フラテリーニは、サーカス学校に関する新しいプロジェクトについて政府に懇願し、1974年フランスで最初のサーカス学校 ÉCOLE NATIONALE DU CIRQUE は、2003年 L'Académie Fratellini となって現在活躍する多くのアーティストを排出し続けています。

アカデミー・フラテリーニは、3年間のトレーニングを経て、サーカス・アーティストのための高等国家プロフェッショナル・ディプロマ(学士レベル)を授与するサーカス・アーティストのための訓練センターです。サーカスの技術に加えて、教育プログラムでは、研究と芸術的な創造に重点を置いています。年間8名の訓練生を受け入れています。

今日のサーカス界の偉人たちの多くが、アカデミー・フラテリーニで修行を積んできました。

文化の救世主 Jack Lang(ジャック・ラング)の台頭 

ジャックラング

今日のフランスにおける文化政策の基盤は、81年に社会党のフランソワ・ミッテランが大統領に選出され、 63年にナンシー演劇祭を創設し、 72〜74年にはシャイヨー劇場の支配人を務めた演劇人ジャック・ラングを文化大臣(81、88〜93年)に任命したことが、文化政策にとって大きな転機となりました。

文化人として自分を描き出すことに腐心したミッテランの選挙公約通りに、文化予算は翌82年には倍増し、その後も大幅な増加を続け、国家予算の1%近
くを占めるまでになりました。
現在のマクロン政権における2017年度国家予算歳出をみると、163兆4,080億円ですから、その1.06%が文化予算とはフランスの文化に対する取組は、国の方針なくしては成し得ない事だと明確に確認出来ます。
しかも、他に常にこの予算規模を上回る他省の文化関連予算が示されています。おもな内訳としては,国民教育・高等教育・研究省による支出が 73%と最も多く、初等・中等教育の芸術系教員の人件費がその大部分を占めます。次いで外務省の文化支出、海外におけるフランスの文化的威光に関わる予算が挙げられます。

一方、日本はと云うと、2017年度国家予算歳出211兆1,200億円に対して、文化予算の割合は 0.11%なので、芸術家たちが純粋に芸術性を突き詰めていく環境は乏しく、企業の支援を求め商業主義的なエンターテイメントに向かう傾向にある事は否めない現実だと痛感します。

現在のフランスの文化政策は、大枠としてジャック・ラングが大臣を務めた時期に出来上がりました。
彼は〝文化の画一化〟を好みませんでした。そして、文化予算の倍増が可能にした支援対象の多様化によって、文化の概念そのものが、芸術を中心とした従来のものから、漫画、ファッション、ロック、シャンソンに至る文化までをも含むものに大きく拡大してゆきました。

舞台芸術についても、これまで手薄であったコンテンポラリー・ダンス、ヌーヴォー・シルク、人形劇、大道芸、戯曲創作、ヒップホップ・ダンスなどの支援が順次増大し、これらのジャンルが、新しい創造の可能性を秘めているだけでなく、従来の芸術的な文化が取り逃してきた層を新たな観客に引き入れる力を備えていることを明確にしました。

子どもや若者に対する芸術への働きかけの重要な手段である教育におけるアプローチも、その質の転換と向上が図られました。例えば、演劇を授業として採り入れている高校は、今日では全国で100を超えるようになり、バカロレアの選択科目にもなっています。

ジャック・ラングは、資本主義経済における文化の商品化を批判するだけでなく、逆に文化を産業として積極的に捉え、その競争力を高める戦略を打ち出しました。
彼はスペクタクルを自らの武器として、フランス革命200周年記念式典、アルベールヴイル五輪(開会式の演出に若きフィリップ・ドゥクフレを抜擢)を始め、メディア性の高いイべントを数多く打ち出しました。
夏至の日に開かれる現代美術の祭典 Nuit Blanche、音楽の日 Fête de la Musique や秋の文化遺産の日 Journees du patrimoine も、大勢の市民の参加とメディアの関心を集める国民的、さらにはヨーロッパ的行事として定着しました。これは今日のパリ市の文化政策にも引き継がれています。

ミッテランやラングの文化政策と、フランス人にとっての文化に対する価値観が、市場経済を絶対的な善とする価値観やアメリカの文化的覇権に対抗する為に、極めて有効な論理であったこともあって、文化記事は新聞の一面にもしばしば取り上げられるようになり、現実の都市空間において、そしてメディアの表象空間において、格段に文化や芸術の可視性は高まったと云えます。

フランスの舞台芸術政策の現在

こうして形成された文化政策、そして舞台芸術政策を見たときに、その特徴はいかなるものかは、予算規模の大きさをまず挙げることが容易です。その手厚さは確かに際だっています。そして、関与の直接性の高さを挙げることも出来ると思います。

舞台芸術に関して、 10を超える公共施設法人、 200以上の創造普及施設の公共ネットワーク、1000を超えるアーティスト・上演団体に対しても、助成団体を経由させることなく、文化省及びその地方局が直接助成を行なっている点です。
更に、国立と名の付く文化施設の芸術監督の人事は、パリの本省が決定権を握っています。この様な直接関与を可能にしているのは、文化省の内部に芸術文化の専門家を多く抱えているからでもあるし、そもそもフランス人の間には、個別の利益から最も中立的で、国民全体の利益を反映する存在としての国家に信頼を寄せる伝統があるからであると云えます。

芸術の普遍性の信頼は、文化の民主化、全ての者の為の文化の創造という文化政策の理念の中にも読み取る事が出来ます。
文化政策の出発点は、ごく限られた社会階層の人間としか接点の無いままであった芸術を、創造と受容の両方のレベルにおいて、あらゆる市民に向けて開放しました。

フランスの舞台芸術の内訳 

現在、文化省の舞台芸術に関しての政策はいかなるものでしょう。予算をみて考察してみます。

資料が少し前のものになりますが、文化省の予算の中でも、音楽舞踊演劇舞台芸術局 Direction de la musique, de la danse, du theatre et des spectacles が持つ予算は、6億150万ユーロ(06年予算)です。
そこに、芸術教育や文化産業支援などのための予算を含めると、舞台芸術に関連する予算は年間7億7470万ユーロとなり、文化予算全体の4分の1を超え、フランス文化政策の最も支援の手厚い領域となっています。
更なる内訳は、 05年度の場合で音楽48%、演劇とその他37%、舞踊15%となります。
舞台芸術に関しても、 DMDTSの管理する6億ユーロ程の予算の約半分、46% を、公共施設法人に対する助成金が占めています。

公共施設法人として認められた劇場には、パリ国立オペラ座、オペラ・コミーク、コメディ・フランセーズ、国立オデオン劇場、国立シャイヨー劇場、国立コリーヌ劇場、国立ストラスブール劇場があります。
アルザス地方にあるストラスブール劇場を除いて、全てパリに在り、純粋な劇場ではありませんが、ヴイレット国立公園、国立舞踊センターもそこに含めるべきであろうし、芸術家の養成の為の国立学校も、主なものは公共施設法人格を有しています。

この様に国立の劇場だけでもこの数の劇場を有し、1982年に地方分権改革を行ったフランスは、各レベルの自治体(地域圏,県,コミューン)に各自の自由裁量によって殆どの芸術分野の文化的施策を行うことができ、また行わなくてもよいという枠組みが作られています。
その為、自治体の管理する劇場や芸術教育機関、文化フェスティバル等が、更に数多く点在し、それぞれの地方に経済効果をもたらす大きい要因に成長している奥深さがあります。

2010年の資料によると、フランス本土の人口 1 万人以上のコミューン(基礎自治体)は、総予算に対して平均 8.2%を文化に支出しており,住民一人当たりに換算した支出額は平均で 152ユーロ(約 20,520 円)となっています。人口 10万人以上の自治体に限定すれば、文化支出が総予算に占める割合の平均は9.6%あり、住民一人当たり181ユーロ(約 24,436 円)です。

パリ一極に止まらず、フランス全土に広がっている文化を大切にする価値観は、そこに暮らす市民ひとり一人の文化を楽しむ生活に起因している事は、フランスで舞台創作や公演、フェスティバルへの参加を行なっている中で、常に感じる関心事です。

フランスの地方行政区分の概要
フランス本土は 55.4 万㎢で日本のおよそ 1.5 倍に当たる。一方、人口は 6,281万人で、日本のおよそ半分である。

地方行政区分は
 18地域圏(レジオン、région 地域圏は2〜8の県からなっている)
県(デパルトマン、département)101
郡(アロンディスマン、arrondissement) 330
小郡(カントン、canton) 3880
そして基礎自治体である市町村(コミューン、commune) 36,569

各地方行政区分は、果たしてどのくらいの規模なのであろうか。最大の州であるフランス首都圏のイル=ド=フランス州の人口は約 1,157 万人で、フランス本土のおよそ 2%の広さのところにフランス総人口の約 19%が集中している。次いでリヨンのあるローヌ=アルプ州が約 606 万人、マルセイユのあるプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール州が約 482 万人であるが、多くの州人口は 100 万人から 300 万人程で、日本の「都道府県」に相当する規模であると言える。

日本の市町村数の約 20 倍あるコミューンの人口規模は、コルビエールのように 31人のコミューンもあれば、80 万人のマルセイユもコミューンである。しかし、コミューンの約 90%が 2,000 人未満で、平均人口は 1,500人であり、日本の市町村レベルと比べるとコミューンの規模は小さい。
しかし、こうした規模の小さいコミューンでは、十分な行政体制が確保できない面もある。そこで、1990 年代後半から課税権を有するコミューン連合の形成がすすみ、基礎自治体の行財政力等により生じる問題を、コミューン間の協力により解決を図っている。

第四章 Nouveau Cirque を支える文化の民主化 へ続く

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