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色から相対性を考える

白ワインのことを考えていた時に、そういえば白ワインは白というよりは少々黄色みがかった液体だなと思いまして、同じような色の日本酒があったとすると、その日本酒を形容するのに「白い」とは言わず、また「透明」とも言わず、なんなら「黄色い、コクのありそうないわゆる醇酒的であると評されるだろうなと思った次第なのですが、つまり赤ワインと相対的に見たときに白いので白ワインなのであって、ほかのお酒と比較するものではなく、そもそも色というのは絶対的な基準がありながらも相対的に表現されることのとても多い不思議なものなんだなという気付きを得ました。

まあ数字なんかもそうですが、数字は突き詰めれば大小で語るには奥が深すぎる世界ですし、それよりももう少し感覚的に捉えがちな色というものに、しかしスタンダードがあり、そして相対的に表現されるものの、なんというか二面性に面白みを感じます。

白ワインは黄色ワインとは呼ばれなかったですし、赤ワインは濁りワインとは呼ばれなかったわけですね。紅白というのが色の中でもなにかやはり意味があるからなのか(赤色というのは常に何かあるでしょうし、白にも黒と同じくらいの意味がありますよね)、どうなんでしょう。

まあ、色は定義があると言っちゃいましたが、それはデジタルの世界でのことであって、カラーコードには256*256*256種類しか幅がありませんし(HSVとかだとどうだったっけ)、それを受け取ってモニターに表示するのはまたD/A変換の仕組み次第だし、機会によっても解釈/表現さまざまだったりすることもまた、数字とは違う部分でしょうか。

「このドレスは何色?青/黒or白/金」のクイズ(?)が話題になったりしますし、そもそも人によって区別できる色の範囲も異なりますし(白って200色あるんです)、緑色を青色と呼んだり、解釈も表現も、本当にムラのある幅のある、なんとも独特なものですね。目の前にある”それ”なのに。


そう思うと、やはり、日本で信号機を青と呼ぶように、紅白に意味があるように、あえて赤と白という色味としての組み合わせの呼称がハマっただけかもしれません。一意っぽいものも、存外相対評価が前提になっているものはたくさんあるのかもしれない。

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