#短編小説
影二つ 【超短編小説】
資産家の入婿が温泉芸者と親しくなりやがて入婿は家を追放される。男は女を背負って海に入りそのまま沖に歩いて行って心中する。海辺でドラマのこのシーンを思い出すぼくの隣にはさっき駅のベンチで知り合ったぼくの孫ほどの年格好の少女がいる。こんな寂しい海岸に寂しい独りの影が二つ並んだのは偶然だろうか。
男名前の手紙 【超短編小説】
あなたはきっといつかこうすると思っていました。しかもご自身の静謐のためでなく世界を救うために。ぼくもその世界のうちに入れていただきましょう。二人の生活を夢見ていたのですが、これでよかったのです。僧院の生活、慣れましたか?男名前のこの手紙、お手元に届きましたか?
真夏のこと 【超短編小説】
蝉時雨の読経は絶えることなく少女の登る石段は果てしない。土用の午後の油照りに彼女は敢えて、今生は縁を得なかった上人の奥津城にたどり着きたかった。一足毎に彼女の肉体の重さは動悸の疼きと共にはらりと落ち、やがて苔生した碑の前に透明なものが端座した。
読み解き 【超短編小説】
拙者は拙者のやり方でお主の今を読み解くのだ。いいか、お主はその拙者の読み解きを自らさらに読み解くのだ。拙者の言葉にお主だけの知り得た全てを合わせて読み解くのだ。拙者は世の常の占い師ではない。ただお主の読み解きを手伝うのだ。拙者の言葉だけで吉だ凶だと早合点するでないぞ。
五輪塔の女 【短編小説】
男は一日の仕事を終えて、リュックを背負い駅から自宅に向けて歩いていた。彼は本当は帰宅は気が進まず、初秋の曇った夕方の灰色の空気に漂うように、住宅に町工場の混在する裏通りをふらふらと歩いた。
そこに細い路地から灰色の和蝋燭を思わせる背の高い女が、彼同様の正体のない様でふっと出てきた。街灯のない道の薄暮の中、三十歳を越したばかりと見受けられる女の姿がモノクロームで次第に見えてきた。黒髪をふっつり首
距離五メートルの火花 【超短編小説】
彼が私鉄k***線を好むのは、女性のお客と目が合う頻度が首都圏各線でもっとも高いと思うからだ。その一秒にも満たない火花はむろん即座に虚しく消え去る。彼は一瞬の戦慄に男女の関係の始まりから終わりまでを想像した。今日は十五分間に火花が四回、いずれも距離五メートルほど。
見立て 【超短編小説】
「BLだって恋愛ですよ。根底にナルシシズムが蟠るのは恋愛だから当たり前なんです。男女間だってビリっと電波が走るのは相手のどこかに自分の核心を見立てることに成功したということなんですから。」
老紳士はそう言い終わって埠頭の少年に視線を戻した。彼の言う「見立て」が成立していた。