ショートショート「ルームシェア」
「それでさぁ」
さくらがパソコン越しに話を続ける。
「12時20分くらいになったんだよ、そのせいで。それで、いつものカレー屋さんに行ったら、一人前で席がいっぱいになって。でも、どーしても食べたくってさ。それで、一回職場帰ってもう一度行って、そしたら入れたんだけど、いつものサラダがなくて」
「でもよかったじゃん。食べられて」
向かいに座る雄太が、パソコンをタイピングしながら答える。
「いや、あそこはサラダが最高なの!しかもなかなか出てこなくて、45分くらいに来て、急いで食べて、なんとか間に合ってさ」
「間に合ったんだ。それはよかった」
「あのさ、間に合ったとはいえ、5分で食べたんだよ。ほとんど味なんかしてないしさ。それで帰ったら、課長からさ、新しく来た派遣の人に、バーコードの設定方法教えてって言われてさぁ」
「人当たりがいいから」
「言いやすいだけだよ。だって明らかに暇してる人いっぱいいるのにさ。終わってもその人私に頼っちゃって、他のことも全部聞かれて」
「やっぱり、人がいいから」
「だからー!そうじゃないの!!ねぇ、優香!雄太が聞いてくれない。私の最悪の一日を!」
「聞いてるじゃん。ちゃんと」
雄太が反論する。
「うるさい。わたしに仕事させて」
優香もパソコンの画面に注視したまま、冷たくあしらう。
3人は、ダイニングの丸テーブルにちょうど120度ずつ陣取り、向かい合いで仕事をしている。
3人でルームシェアを初めてもう半年。仕事はバラバラだが、どこの職場も水曜日のノー残業デーは共通しているため、夕飯の後は職場の宿題を、こうして3人でこなすことになる。
さくらの報告を流石に半年も聴き続けて飽きたこともあるが、確かに今日の雄太の対応は少し違っていた。
「なんか話しててもぜんぶ否定されるもん」
「否定してるわけじゃないよ」
「もう、さくらうるさい。それに雄太もさ、女子の相談はそんな答え方したらダメだよ。共感が大切。きょーかん。ね」
「そうかなぁ」
「ねぇ、雄太。そういうところ直さないと、彼女できないんじゃないのかなぁ?」
「ちょっと、なんだよそれ」
優香に確信を突かれ、雄太が顔を赤くして言い返したところで、突然テーブルが振動した。
「あっ、ちょっと静かに」
優香がテーブルに置いていたスマホを持ち上げ耳に当てた。
「はい、お疲れ様です。ええ?だってもう9時だよ」
なにかあったのだろう。優香は、ダイニングを出て廊下に移動していった。
「へぇ、彼女いないんだ。雄太」
ダイニングの扉が閉まったのを見計らい、さくらが先程までのトーンとは違う、低めの落ち着いた声で質問する。雄太のタイピングが止まり、視線がモニターからさくらに移る。
「そんなことない。いるよ」
「ほんとに?いないんじゃない、もう」
「えっ」
「だって彼女が話してるのに、全部聞き流してるし」
「いや、だって優香がいたから。突然態度変えたらバレちゃうじゃん」
「じゃあバレずに済んだね。付き合ってたの、3日間だけだったけど」
「そんな」
「そんなじゃない。わたしの話、聞き流してたもん」
さくらが細い目で雄太を見つめる。
「違うんだよ。今、なんでも良いことにしか思えなくて」
「ん?なにそれ」
「だって、今まで彼女いたことなかったのに、前から好きだったさくらに突然告白されて。。さくらと付き合えるって幸運が信じられなくて」
雄太が必死に説明する。
「だから、付き合ってから、毎日何もかもいいことに思えてきて。。今までなら、サラダ食べられなかった、だけど、今はカレーを食べられたって本当にそう思っちゃうんだ」
「そんなに嬉しかったの」
さくらの口調が少し優しくなる。
「うん」
最愛の彼女を失うまいと、少し怯えた表情で雄太がさくらを見ている。さくらには、こういう表情がたまらない。
「わかった」
さくらは、雄太の横に椅子を寄せてから、ほおに軽くキスをした。雄太の顔がますます赤くなる。その瞬間、ダイニングのドアが勢いよく開き、優香が戻ってきた。
「あーー!もう!」
「ど、どうしたの」
すぐに雄太が体勢を戻し、訳を聞く。優香の担当する店舗の明日の準備が間に合っておらず、自ら乗り込む必要があるという。
「今日は帰らないかも。なんにしても、明日の朝食当番はパスね」
3、4分で身支度を終えた優香は、2人にそれだけ伝えて出て行った。
2人きりになった部屋で、雄太は不安そうな表情でさくらに声をかける。
「さっきの、バレたかなぁ」
さくらは、見ていたスマホを置いて椅子に座る雄太の後ろに移動し、雄太の首に手を回しながら、少し甘えた声で返した。
「別にいいじゃん。バレても。それより今日さ、一緒に寝よっか?」
「えっ、そ、そんなのだめだよ。だって、その、そうだ優香が帰ってきたらどうするの」
「大丈夫、今、優香から『今日は絶対帰らない!笑』ってラインきてたから」
そう言って、さくらはもう一度雄太のほおにキスをした。
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