アメリカで「ゲイっぽい男」がバカにされる本当の理由

※この文章は、俺の独断と偏見と思い込み、いわゆる「それってあなたの感想ですよね」という内容にあふれたものとなっております。その旨ご承知の上お読みください。
※白饅頭こと御田寺圭先生のnote記事を多数引用させてもらっています。引用元の記事を読まなくても、この文章の内容は理解できると思いますが、興味を持ったならばぜひ課金して読んでみてください。


まずは、このXのポストを読んでほしい。

これを見て「え? そんなはずないでしょ?」と思った人は俺を含めてたくさんいるはずだ。
昨年、国会でLGBT法案が審議されていたとき、エマニュエル駐日アメリカ大使が「LGBT法案を成立させろ! LGBTの人たちの人権を守れ!」と、内政干渉かと思うほどウザいポストを何度も何度もしていたことは、多くの日本国民の印象に残っている。

それを踏まえて考えれば「アメリカは人権先進国だからLGBTの人たちを差別なんてしないし、自分がゲイなら堂々と主張できるはずだし、ましてやゲイだと思われることすら嫌がるなんて、そんなことあるはずない」と思うだろう。
だが、白饅頭先生の分析によると、むしろ逆なのである。

アメリカ人は、これまでLGBTの人たちを激しく差別してきたからこそ、その反動や反省として「LGBTの人たちの人権を守らねばならない!」という発想になるのであり、さらに日本人にとっては迷惑なことに、「我々アメリカ人がLGBT差別をしているのだから、日本人だって当然差別しているはずだ! やめさせなければ!」となり、それが前述のエマニュエル大使のウザいポストにつながるというわけだ。
そもそも、日本は昔の衆道文化、つまり男同士の恋愛の例を挙げれば分かる通り、LGBTに寛容な国なのだ。
というか、昔だけでなく今でも、アニメ「逃げ上手の若君」でショタに目覚めてしまった男がたくさんいるし。

上記の白饅頭先生のnoteの結論は、「アメリカは人権先進国などではなく、むしろ日本のほうがアメリカよりよっぽど差別は少ない。だから、LGBT理解増進法とかポリコレとか、アメリカが『ただしさ』を押し付けてきても真面目に相手する必要なし」ということである。


しかし、しかしである。
俺は白饅頭先生のことを尊敬しており、彼のnoteの大半には「なるほど! その通り!」と同意するものなのだが、今回に限ってはあえて反対の論理を述べさせてもらう。
つまり、俺は「ゲイっぽい男をバカにしたり差別したりすること、ゲイっぽいと思われることを恥とすること、そんな小学生のいじめのような幼稚なことが、実際はアメリカの国力の源である」と言いたいのである。

上記の白饅頭先生のnoteで「ゲイみゼロの男」すなわち「まったくゲイのように見えない、男らしい男」の例として引用されているのが、格闘技の選手のショーン・ストリックランド氏である。彼はYouTubeの動画で「男が女と話す意味なんてねえんだよ。」とか、太った女性に対して「テメーらは美しくなんかねえよ。」とか、ポリコレとか多様性とか女性の権利とかいうものをフルスイングの右ストレートで粉々に破壊するような発言をしている。
だが、このような「女性の意思や権利をないがしろにする男」というのが、案外モテてしまうものである。

逆に、女性を尊重する優しい男は、「支配責任を果たしていない」「決定責任を女性に押し付けている」などと思われてモテないのが残酷な現実である。

以上の事実を元にして考えれば、「ゲイっぽい男」がバカにされているのではなく、「女にモテない男がバカにされている」ということが分かるだろう。
アメリカ人が本当に恥だと思い、差別や嘲笑の対象になっているのは、「ゲイみ」ではない。日本風に言えば「チー牛み」、アメリカ風に言えば「ナードみ」なのである。

「いやいや、ゲイっぽいとかチー牛っぽいとか、どっちにしろそういう見た目で人を差別・嘲笑するのはよくないことでしょ?」という反論が返ってきそうである。確かに、人権という観点から見ればその通りである。
だが、俺と同年代かそれ以上、つまり40代以上の人間なら、日本でも「いい年をして妻も子供もいないような男は信用できない」とか、「妻や子供を養っていない男は仕事もできない」とかいう偏見があったこと、20歳になって童貞のままの男を「女とヤらないでハタチになった男」という意味で「ヤラハタ」と呼んだこと、「30歳になっても童貞のままなら魔法使いになる」などと言われたことを覚えているだろう。
さらに男だけではなく女に対しても「女は子供を産んでようやく一人前」「25歳を過ぎても独身の女は売れ残りのクリスマスケーキ」などと言われていたこともある。
日本人だって、アメリカ人を非難できるほど立派な人権感覚を持っていたわけではないのだ。

しかし、別の観点から考えると、このような差別や偏見があったからこそ、日本の男女は恋愛して結婚して子供を作っていたとも言える。
そして、差別や偏見が無くなり、「結婚しろ」「子供を作れ」といった社会的圧力も無くなった日本は急速に少子化した。逆に、モテない男に対する差別や偏見が残っているアメリカは、少子化になっていないわけではないが、そのペースは日本よりはるかに緩やかである。

つまり、俺がこのnoteで言いたい結論は、アメリカには「差別」があるからこそ、アメリカの男は「差別されたくない」と思って「モテる男」になろうとしており、それこそがアメリカの少子化対策になっており、少子化で国が衰退することを防止できているということなのである。

2010年、中国のGDPが日本を抜き、アメリカに次ぐ世界第二位の経済大国になった時、「このまま中国は成長を続けてアメリカも抜き、世界最強の国として覇権を握るのではないか」と恐怖を感じた人は俺を含めてたくさんいるだろう。
しかし、中国で「寝そべり族」と呼ばれる、仕事にも結婚にも子作りにも消極的な人間が増加し、日本以上に出生率が急減しているという事実を踏まえれば、「世界最強の国」の座に君臨するのは今後もアメリカで変わりないだろう。

逆に言えば、アメリカの男が「ゲイみ」というか「ナードみ」を出すことを恥と思わなくなり、アメリカ海軍の軍艦に堂々と艦娘のパネルやポスターが設置されるようになった時、それこそがアメリカの凋落が始まる時だと言えるだろう。

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