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電車内のすれ違い 5

今日も、アーシュラ・K・ル=グウィン『文体の舵をとれ』を読んで、文章の練習。


〈4〉潜入型の作者
どの人物にも憑依して、心理描写、作者の理屈を説明的に書く。

女が必死になって飛び乗った発車間際の電車は、心地よい冷房がきいていて、外の蒸し暑さがうそのようだった。ああ、天国だと思って、ほっとしていると、後ろから女子高校生が走り込んできた。その女子高校生とぶつかりそうになって、うわっと思っていると、邪魔なんだよと女子高校生は舌打ちをせんばかりに、にらんできた。女子高校生は、肩をぶつけてすり抜けると、イライラした気持ちを、素早く取りだしたスマホでSNSを開き、その勢いのままぶちまけた。電車には乗れたけど、邪魔なババアがいて危なかった。まじついてない。女は女子高校生の姿を目で追ったが、すぐに疲れて窓の外へ目をやった。ごとごとと定期的に揺れる電車と、心地よい冷房にほっとして、眠くなってきた。寝落ちするかもと思っていたら、本当に次の瞬間意識が飛んで、肩にかけていたトートバッグが滑り落ちて、床へと派手に中身をぶちまけてしまった。どんという音でハッとして目が覚める。会社のIDカードや、水筒や、メガネケースやと、これでもかと詰め込んだ細々とした荷物が、ほとんど全て床にちらばった。女は周りの乗客に、なんでこんなに謝らなきゃならないのよと思いながら、ぺこぺこ頭を下げて、荷物を拾い集める。こりゃ大変だと周りにいた乗客の誰もが思ったが、なんとなく拾うのを手伝うには、人の目が多すぎて小恥ずかしく、ハードルが高く感じられて、誰も手を出せずにいた。困っている女性を見て手伝ったり、手助けすることは大事だという認識あっても、なんとなくその場の雰囲気で出来ないこともあるよなと、一人の乗客は思った。また一人は、この混雑時に荷物なんか落として、何をやってるんだかと思った。お疲れさまと思う客もいたが、結局誰も彼女を手伝うことはしなかった。女子高校生も、この騒ぎを人混み越しに見ており、すぐさまババア、ざまみろ!とSNSでつながっているメンバーにメッセージを送り付けた。すぐにどうしたの? というリプライがつき、その説明に没頭しているうちに騒ぎは収まったようだった。座席にいた一人の男客は、荷物を拾うのに苦労する女が、気の毒でならなかったが、座席から立って拾う手伝いをする気にはなれなかった。やがて電車は次の駅に着き、彼は腰を上げた。流れに乗って出口へ向かっていると、筆箱がぽつんと落ちていた。恐らく女のものだろうと見当をつけた彼は、誰も拾ってやらなかったのかと、内心で不快に思いながら、腰をかがめ拾い、女に差し出した。女はまだ拾い忘れがあったのかと、内心ドキッとして、それから男客に慌てて頭を下げた。男客は自分は良い事をしたと思って満足に思い、また女が非常に素直な反応を見せたので、さらに満足度を深め、電車を降りた。

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