【小説】『これはなんだろうか』1
長めになってしまったので、2つに分割しました。
分け目が、微妙でごめんなさい。
ーー
目の前を歩く男女が、仲睦まじく手を繋いで歩いている。
暑くないのかな。
この酷暑。ただでさえ暑くて、汗がだらだら流れるような中、人と手を繋いで歩くなんて正気の沙汰じゃないと、サキは顔を顰めて、じっと2人の手を眺めた。
2人のさらに前を歩くワイシャツ姿の男性は、暑さのあまりワイシャツと首の間にハンカチを挟み込み、そのハンカチは汗で変色している。
気の毒なほどの汗っかきらしい。
ワイシャツの首に汗ジミができるよりマシなのかもしれないけれども。
蝉がわいわい降るように鳴いて、太陽は朝から夕方まで、じっとりじりじり焼き付けるような光線を放つ。
「孫がね、生まれたの!」
先輩の羽鳥さんが、更衣室で嬉しそうに話してくれた。
赤ちゃん誕生は、誰でも嬉しい奇跡。
「おめでとうございます!」
サキは躊躇うことなく、お祝いを言う。
生まれたのは、羽鳥さんにとっての初孫で、羽鳥さんの娘さん待望のお子さんだったらしい。嬉しさのあまり、羽鳥さんは更衣室に入ってくる人みんなに、孫が孫がと言って回っている。
いつもすましてるような羽鳥さんがねぇ、と思うと、羽鳥さんがなんだか可愛く見え、孫誕生事件は、別の意味で面白くもあった。
元気な男の子らしい。良かった良かったと、サキも嬉しくなって、自分のデスクに着き、仕事を始めた。
エクセルのマクロがうまく動かないとかで回ってきたやっつけ仕事。どこかでバグっている。
そのバグを見つけ出し、マクロがうまく動くようにするのが、サキの今日の午前中の主な仕事になりそうだ。
バグは思ったよりも難解で、なおしてもなおしても、解決できない。
こまったなぁ。こんなの作った人が直すのが一番速いのに。
ぶちぶちと誰にともなく愚痴りながら、10時になったので、コーヒーで休憩をしようと席を立った。
コーヒーメーカーがごりごり豆を挽き、熱いコーヒーが抽出されて、氷を入れたカップにアイスコーヒーができあがる。
「ねぇ、聞いた?」
コーヒーをストローでずりずり啜ってていると、同じようにコーヒー休憩をとっている、同期のエナが話しかけてきた。
「なにを?」
「羽鳥さん、初孫だって」
「うん、おめでたいよね」
「まじかぁーって思ったんだよね」
エナは心底嫌そうに言う。
「どうして?」
「だってさ、子供ができたんだんだよ? たぶんサキとか私とかと同じ歳くらいの娘に。あー、先越された!」
「先ってなんの?」
「またまたぁ」
「だから、先ってなんの? 誰の先?」
「え? だって、私もサキも結婚もまだだし、子供だって遠いでしょ」
「うん、で?」
「で?」
「うん、それで?」
「ああもう! 羨ましくないの? 焦らないの?」
「考えたことなかったな。エナは、羽鳥さんの娘さんといつから競争してたの?」
「そういう話じゃないよ」
「エナは羽鳥さんの娘さんの知り合いだったの? 」
「羽鳥さんの娘さんなんか知らないよ。ただ、同じくらいの年齢だろうし。結婚したって話を前に聞いて、今度は子供かと思ったら、ね、羨ましいでしょ?」
「うーん」
なんでエナが、羽鳥さんの娘さんと張り合っているのかよく分からない。
「うちらは、こんなところでばかみたいに時間を使ってて、その間にその娘さんは結婚して幸せ。子供も生まれてもっとハッピー」
羨ましい以外ないわあ。ずるずるとエナは、アイスコーヒーをストローで啜り上げる。
「働くってばかみたいなの?」
「サキのそういうところ、まじで面倒くさいから。真面目か」
サキはくりくりとストローでアイスコーヒーをかき混ぜて、半分解けた氷をぐるぐる追い回す。
「結婚、子供。エナはしたいし、欲しいの?」
「そりゃ、なんにもイベントのない人生なんてつまらないから。したいし、欲しいよ」
そんなものなのか。サキはふむと考える。
「結婚も出産もさ、なんで必要なんだろうね? 特大イベントなんて思わなきゃ、別に焦りも羨みもないじゃん」
「そんなんじゃ、サキは永遠に私の悩みなんか分からないよ」
エナは結局ため息をついて、先に席に戻ってしまった。
恋人が欲しい。結婚したい。結婚したら、子供が欲しい。その次は? 何が欲しくなるんだろう。孫? 孫の次は曾孫?
綿々と続く呪いのような、生命の必然のような。子供を作ることは、生き物が生きのびていく方法。だから人間は、生き物は、自分の子孫が欲しいように、DNAに刷り込まれている。
途方もない、壮大な欲望。自分の子孫を残したい欲望。それがDNAの望み。だから性欲は快楽になるのだろう。
別にDNAに逆らうつもりも、何にもないけど、面食らってしまう。そしてサキには、そういう欲望がよく分からない。
結婚にも、子供にも興味がない。
人がする分にはおめでたくて、嬉しいのだが、自分事となると、どうしたものかとんと想像がつかない。
結婚する相手がいないからというより、結婚自体が現実のものと思えない。誰かの子供を出産する自分が思い描けない。
手を繋いで歩く男女が理解できないように、結婚する自分が想像できない。子供も産みたい気配が自分の中にない。
焦りようもないし、羨ましくもない。
なんだか、微妙に落ち込んできた。
エナみたいに色々考えない自分が、欠陥品のように思えた。
【今日の英作文】
「この話はおしまい。前を向いて生きていくべし。」
"This topic is now over. I should live with my head held high.''
#小説 #オリジナル #毎日note #毎日更新 #アウトプット英作文 #結婚 #出産 #これはなんだろうか #日常 #女性
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?