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アンコール遺跡群へ

2023/9/8

時刻3:30、起床。





節々が痛い




あぁ…やったな…


幸い、発熱はしていないようだ。咳もクシャミも鼻水も出ていない。
早めのパブロンを飲み、シャワーを浴びて準備を済ませ、宿のロビーで朝食を取る。

その後すぐに駐輪場へ

時刻4:30、出発。

予定では5:00にはアンコール遺跡群に到着。
そして夜明けが5:23、日の出が5:53だ。
その違いがよく分からないが、とにかく明るくなる前に辿り着きたい。




『よし、行くか』

軽く意気込み、ペダルに足を掛ける。



辺りに人の気配は無い。

静寂と暗がりの中、自転車はスゥーッと息を吸うように優しく、滑らかな音と速度で進む。

ぼんやりと街灯だけが、柔らかく路上を薄オレンジ色に照らしている。

見慣れたはずの景色が一変し、まるで異世界に来たような感覚だ。

そんな夜明け前は少年時代を想起させ、否応無しに心が高鳴る。

理屈ではない、本能に直接響いているのだ。



これから待ちに待ったアンコールワットを見に行くというのに、私は束の間、その事も石田氏の当時の心境を想像する事も忘れ、夢中でペダルを踏んでいた。

そして気付く。





迷った……



前日にチケットを買いに行く際ルートを確認し、今でさえグーグルマップを起動させながら進んでいたはずが、いつの間にか道を逸れていたのである。

不意に異世界から現実へ引き戻される。

そして、しばらく感じていなかった節々の痛みが突然やってきたかと思うと、同時に倦怠感も出てきた。
2度目のパブロンを唾液で溶かして飲み、急いで軌道修正する。

もはや少年時代を思い出している余裕は微塵も無い。
さっきまでのフワフワしていた自分に『アホか』と突っ込んだ。
今は違う意味でフワフワしているが…。


ようやくルートを捉え、あとはひたすら一本道…!
スマホをポケットに仕舞い込み、上がってきた熱に抗うかの如く、汗だくになりながら自転車を漕ぎ続ける。


時刻4:50。

街から離れた森の中を一直線に貫くアスファルト。照らす灯りなど無い。
直下の路面状況すら把握不可能だ。
ヘルメットを被っているとはいえ、窪みにタイヤが嵌ったりでもしたら転倒必至。
だがそんな事を気にしている暇は無い…!

夜明けが近づき、ツアーバスやトゥクトゥクが次々と私を追い抜いて行く。
そのライトを頼りに、また見失わないよう全力で追いかける。

そこに突然、道路脇から大声が。


「ストーーップ!!」


何事かと思い目をやると、その男性の横にはトゥクトゥクが置いてある。
1人自転車を漕ぎ、急ぐ私を乗せようというのか。


「ノーーーウッ!!」


“営業に付き合っている場合じゃない”と言うトーンで断り、速度を上げて男性の横を通り過ぎる。


「オォォイイ!チケーーット!!!」


「ヤァ!!アイハァヴイーッ!!」





って…えっ?
チケット?


何か様子がおかしい事に気付き、Uターンして男性の元へ。
するとまさか、まだアンコールワットから相当手前の森の中に、入場チケットを提示する場所があったのだ。

こんなの…ただの道路標識かと思って見逃すわ…


チェックを済ませて再び急ぎ、時刻5:10。
何とか夜明け前に到着。


アンコール遺跡群だ



意外にも自転車で来ている人は1人も見当たらない。
そんなに珍しいのか…もっといると思っていたのだが…。

遺跡群は約400平方キロという広大な敷地内に、大小600の遺跡で構成されているとの事。
まずはその1つにして最も有名なアンコールワットが目の前に現れる。
見所とされるポイントには既に大勢の観光客が陣を取り、日の出に備えていた。

出遅れた私だが、まずは何とか間に合った。
そして今回、世界一周するキッカケをくれたエッセイストの心境に同調するつもりで、私も自転車旅をしている気持ちになり、満足していた。

『自転車を必死に漕いで見る絶景って、こういう気分なのか…!』

と、恥ずかしながら自分に酔いしれる程の快感だった。



時刻5:50。

やがて日が昇り始める。
空は厚い雲に覆われ、その隙間から太陽が僅かに覗く程度。
残念ながら最高の条件とはならなかったが、それもまた良い思い出だ。


完全に明るくなった後は皆それぞれのツアースケジュールでバラバラになり、少し落ち着いた雰囲気に。

私はアンコールワット含め、遺跡が現れる度に自転車を停め、その中を見て回った。



圧倒的だ…

今まで見てきたものも凄かったが

ここは次元が違う…!



橋、門、壁、柱、階段、天井…

それら全てに刻まれている

信じられないほど緻密で

膨大な数のレリーフ(彫刻)を眺め

その度に感嘆する



アンコールワットに次ぐ知名度のバイヨン

石田氏のエッセイに描かれていたのは

この遺跡までだったが

その後も私は足を止められなかった



洪水の様に押し寄せる表現の数々

それは先人が確かに残した足跡であり

今後の人間の可能性をも示唆している


そんな人間の叡智を

強引に飲み込み、侵食している巨大樹

いくら人間が進化しようと

最終的に自然の神秘には及ばない

そう感じざるを得ない



過去と未来
可能性と無力さ

崩壊した繊細な作品と遺跡から滲み出される
退廃的な世界がそれらを物語っている



ここに来て良かった


石田氏のエッセイには、こんな一文がある

“思い出”はいつも現実を離れ
どんどん美化されていく
現実のものがそれを上回るというのは
土台無理な話なのだ


これから続く先で
まだまだ素晴らしいものを見たいが
その時
このアンコール遺跡群を上回るものは
はたして有るのだろうか

そうであってほしいが
少し寂しくもある



いずれにせよ

今後がまた楽しみだ




最終的に37kmを走り、自転車を返却して宿に戻った頃には正午。

測らなくても判る熱、倦怠感、節々の痛み。当然の疲労。

もちろん後悔は無いが、明日の朝にはシェムリアップを発つので、それまでに何とか回復させたい。

最後に気合いでビールを一缶飲み干し、3度目のパブロンとシャワーを済ませてベッドに倒れ込んだ。

飲まなきゃいけない気がしたので…


※アンコール遺跡群の写真は別記事で載せております。
もし宜しければ、本記事と併せてご覧になってみてください。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

2023年3月から世界中を旅して周り、その時の出来事や感じた事を極力リアルタイムで綴っています。 なので今後どうなるかは私にもわかりません。 その様子を楽しんで頂けましたら幸いです。 サポートは旅の活動費にありがたく使用させて頂きます。 もし良ければ、宜しくお願いいたします。