裏木戸 夕暮

文豪作品から着想した短編(作家別にマガジン)。その他、コトバアソビ集など。画像の骨董や…

裏木戸 夕暮

文豪作品から着想した短編(作家別にマガジン)。その他、コトバアソビ集など。画像の骨董や小物は私物。

マガジン

  • 作家名「あ行」

    文豪作品を元に創作の短編小説を書いています。

  • コトバアソビ集

    タイトルが同音異義または響きが似た言葉の繰り返しになっている短編集。随時追加。

  • 作家名「た行」

    文豪作品を元に創作の短編小説を書いています。

  • 作家名「か行」

    文豪作品を元に創作の短編小説を書いています。

  • 作家名「な行」

    文豪作品を元に創作の短編小説を書いています。

最近の記事

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「わたくしは猫かしら」(元にした作品:夏目漱石『吾輩は猫である』)

 猫?わたくしは女神で天使でしょ。毎日そう呼ばれてるもの。わたくしの美しい三色の毛並みを撫でながら下僕がこう言うの。 「まるで上質の鼈甲のよう」  そりゃあもうウットリと目を細めながら。哀れねェ、このツルンツルンの生き物。早くお前の肉座布団を寄越しなさいよ、全く気が利かないわ。え?出かけるの?  まぁぁぁ・・・呆れちゃう。わたくしを愛でるより大事なことがこの世の何処にあるって言うの。仕方がないわね、行ってもいいけどその前に・・あら、またおんなじおやつ?芸が無いわねぇ。これさえ

    • 恋愛featuring文豪(短編8作)

      *文豪作品をモチーフにした短編集になります* 「黒い果実」(島崎藤村『初戀』より)  彼女は緊張した面持ちで椅子に掛けていた。部室の窓から夕陽が差し掛かり前髪が金色に光っている。少し眩しそうに目を逸らし、俯いた後で彼女の目が真っ直ぐに僕を射抜いた。   「先輩の描く林檎って、美味しくなさそう」  他の誰もが写実的な描写力を褒めたのに、彼女だけが僕の絵を批判した。 「蝋細工みたい」  すると先生が 「あら、これでも青果店で一番お高いのを買ってきたのよ?」 と笑う。誰かが幾らで

      • 「パンドラ」(元にした作品:『野菊の墓』伊藤左千夫)

        「別れて欲しい」  夫に恋人が居るのは知っていた。  「随分急ね」  私は冷静に答えた。将棋の一手で歩を動かすように。  私が慌てないので夫は気付いたようだ。 「もしかして知っていたのか?」 「同窓会でしょ」  私の返事に夫は安堵の表情を隠す。嘘だ。夫は結婚前から恋をしていた。  夫は嘘を重ねる。 「そうなんだ。久しぶりの再会で盛り上がって。でも言っておくが体の関係はない。50も過ぎてそんながっついた真似はしない。ただその、年が年だけに、お互い老後のことを考えて」  思わせぶ

        • コトバアソビ集「たなばたのたなぼた」

           折角の日曜日、わずかなバイト代欲しさに話に乗った俺がバカだった。 「すっげー蚊に刺されたんだけど」 「虫除け塗っとけっつったべ」 「うー、かゆい」 「あんま引っ掻くと痕になんべ」  じいちゃんの背中を見ながら俺は黙る。 「ほれ、早よ行かんと子どもたち待っとる」 「はいよー」  日曜日、サッカーの練習試合が相手の都合で中止になり、ポッカリと予定が空いた。ダラダラするかと思ったのも束の間、 「だったらじいちゃんとこ行って手伝いしてよ。車で送るから」 とオカン。 「児童館の七夕祭

        • 固定された記事

        「わたくしは猫かしら」(元にした作品:夏目漱石『吾輩は猫である』)

        マガジン

        • 作家名「あ行」
          30本
        • コトバアソビ集
          46本
        • 作家名「た行」
          15本
        • 作家名「か行」
          19本
        • 作家名「な行」
          11本
        • 童話、童謡、伝説、海外小説等
          46本

        記事

          コトバアソビ集「とうふとふとうこう」

           僕の近所には駄菓子屋さんがあって、駄菓子屋さんといっても洗剤とか日用品も売っていて、店の隅っこに水を張った容れ物があって、豆腐も売っていた。  お店のおばさんの親戚が作っている豆腐だとかで、時々そのおじさんが軽自動車に乗って、豆腐を運んでいた。  僕がお菓子を選んでいると 「坊主、学校はどうしたい」    豆腐を運んでいたおじさんに話しかけられて僕は固まった。お店のおばさんは (しまった) というバツの悪い顔をしていた。おじさんが訊いてきたのは当然で、それは平日の昼過ぎの

          コトバアソビ集「とうふとふとうこう」

          コトバアソビ集「斑猫と斑猫」

           斑猫が道標と知ったのは手塚治虫の漫画だった。手塚先生は昆虫が好きで、それでペンネームに付けたそうだ。斑猫は人が進む方向に移動して、道案内するかのような動きをするとか。果たしてアスファルトの上に留まっていた斑猫は、私が近づくとツイッと前へ進んだ。 (あらほんと)  あの漫画は昔兄の部屋で読んだものだ。懐かしさと寂しさが過った。兄は四十の若さで死んだ。 (兄さんが生きていたら力になってくれたかしら)  私は悩みを誰にも言えずにいる。アスファルトからの照り返しが暑い。夏でも長袖で

          コトバアソビ集「斑猫と斑猫」

          「陰」(元にした作品:谷崎潤一郎『陰翳礼讃』)

           私は女の横顔をずっと見ていた。 「この本を読むと静かな気持ちになるの」  長いスカートを畳に広げて、綺麗な脚を隠してしまって、薄い胸の前に本を開いて、何やら愉しそうな様子である。 「旅先になんで本を持ってくるの」  私の声が不機嫌に聞こえたのか 「あらごめんなさい」と本を閉じる。  女は私の側へ寄ってきて 「夕食の時間までお散歩する?」 と微笑んだ。機嫌を取りにくる子犬のようだ。女の髪を撫でる。  女は気づいたように 「外は危ないかしらね」  目を逸らした。  この温泉地は

          「陰」(元にした作品:谷崎潤一郎『陰翳礼讃』)

          #眠れない夜に

           お若い方へはつまらない話になるが、歳をとると愉しみは限られてくる。  たくさんは食べられなくなる。お酒も飲めなくなる。不可能ではないが、後々の体への負担を考えるとリスクを避けてしまう。 (食べ過ぎると鹿を呑んだ蛇のように動けなくなる。お酒も飲み過ぎると蕁麻疹が出てしまう)    なんともはや。  若い頃は仲間と一升瓶を囲んだものだが・・    加齢と共に様々な制限が掛かると、愉しむことも厳選されてくる。  また厳選しなければ、金が掛かって仕方がない。    そんなわたしに残

          #眠れない夜に

          「たらちねの」(元にした作品:北原白秋『月と胡桃』254頁 お母さま )

          「俺には母親など居ないよ。親は父さんだけだ」  酒のグラスを掴みながら男が呟く。傍の友人が嗤う。 「しかし、親父の股から産まれるわけゃないだろう」  男は淀んだ眼球で睨む。 「神様も独裁者も善人も極悪人も母親から産まれたかも知らんが、俺は空気から産まれたよ。母親は居ない」  何かを察した友人は黙る。 (そんなら、母親の話題なんか出さなきゃいいのにな) と心で愚痴る。仕事の話が同僚に子どもが生まれた話となり、祝い金をどうするという相談から母親の話になった。 「お前の家族観は知ら

          「たらちねの」(元にした作品:北原白秋『月と胡桃』254頁 お母さま )

          コトバアソビ集「アハハの日」(副題:母の日に贈るなギフトセレクション)(掌編小説)

          「ありがとうね」  笑顔が頬にひりつく。息子からのプレゼントは北欧ブランドのエプロン。 (何千円かしら。一万とかするのかしら)  そんなお金があったら貯めておきなさいよ、と心で呟く。  母の日、息子夫婦が来るというので時間を作った。昨年末に夫が死んで一人暮らし。息子なりに気遣ってのことだろう。しかし、依子は嬉しくない。(好きな俳優さんの映画が封切りだから見に行きたかったのに)  昨年末まで介護に追われていた。夫が亡くなった時に感じたのは悲しみよりも開放感だ。半年が過ぎて諸々の

          コトバアソビ集「アハハの日」(副題:母の日に贈るなギフトセレクション)(掌編小説)

          コトバアソビ集「せんせいの繊細な先妻」

          「前の妻は繊細な人でね」  私の好きな人はほろ苦く笑う。  私の好き、には一切気づかない。    カルチャーセンターの文学講座で知り合ったその人を、私は 「せんせい」 と呼ぶ。彼は大学の講師。私は、たまたま聴きに行っただけの会社員。つまらない毎日に彩りが欲しくて講座に参加した私は、内容よりも彼に惹かれてしまった。落ち着いた雰囲気と柔らかな物腰、シャイな笑顔。60代かなと見当をつけていたらまだ40代で驚いた。顔はよく見ると年相応だが、白髪が多く、何よりも雰囲気が老成していた。

          コトバアソビ集「せんせいの繊細な先妻」

          「継承」(元にした作品:サキ『スレドニ・ヴァシュター』)

          「かみさま、かみさま、どうか僕のお願いを・・」  祠の中で寝ていた楠雄は子どもの声を聞いて目覚めた。 (・・まだ、お参りする子どもなんているんだな)  楠雄の実家は田舎の地主で、山を幾つも持っている。裏山の祠は何代か前の先祖が建てたと父から聞いた。祠の奥にはひとが横になれる位の隠れ場所がある。  大学を卒業した楠雄は就職が決まらず実家へ帰ってきた。今は家業の林業と不動産経営を手伝っている。しかし田舎特有の閉塞感に息苦しさを感じることもあり、そんな時は祠に隠れて一服する。  

          「継承」(元にした作品:サキ『スレドニ・ヴァシュター』)

          「殻」(元にした作品:伊藤整 詩集『雪明りの路』より『私は甲虫』)

          (今更ふたりになったとてどうしたものか)  若い頃は並んで座るだけで嬉しかったものだが  そんな純情は枯れてしまった。    生活は必要事項の伝達で成り立つもので  私はお前の背中を労ったことがなかった  私たちはお互いの顔を、いつ向き合って見ただろう  若い頃は見つめ合うだけで幸せだった  お前の仮面は冷たくなっていった  人間は面の皮を厚くして  柔らかく弱い心を  大事に覆い隠して大人になっていくものだ  立派な鎧を着ている方が  立派な大人なんだと思っていた  私は

          「殻」(元にした作品:伊藤整 詩集『雪明りの路』より『私は甲虫』)

          「夢」(元にした故事成語:『胡蝶の夢』)

           店主は掌に古びた本を持っていた。随分と日焼けしており、擦れて背文字は読めない。 「多分それじゃないかな。私が探している本は」  懇意にしている店主はいつもなら快くその本を譲ってくれる筈だった。 「いえ。これは私のです」 「きっとそれだ。見せてくれ」 「これは私のです」  伸ばした腕を蝿のように叩き落とされ、私は柄にもなく声を荒らげようとした。 「困りますなぁ」  まるで映画の特殊効果のように店主の姿はグゥんと店の奥へ吸い込まれていく。 (待てッ)  私の叫び声は喉の奥で消え

          「夢」(元にした故事成語:『胡蝶の夢』)

          「百分の壱物語」(元にした作品:百物語の伝承)#Book Shorts

          小夜子は枕元の電灯を消そうとしてやめた。 元々小夜子は、寝室を真っ暗にして眠るのが好きだった。 近頃は消せない日が続いている。 「おはよう」  飼い猫に声を掛けて朝のおやつをあげる。元保護猫で、団体の人に聞いた推定年齢と飼っている年数を足すとかなり高齢になる。 「そろそろ尻尾が割れてくるかねぇ」 「にゃあ」 「化け猫になっても長生きしてね」  ゴロゴロゴロ・・・  機嫌の良い音が静かな部屋に響く。  猫のご飯皿の前から立ち上がる時、キッチンのカレンダーが目に留まった。  母が

          「百分の壱物語」(元にした作品:百物語の伝承)#Book Shorts

          「影」(元にした作品:川端康成『伊豆の踊子』)

           少年が蹲っている。 (どうしたの?)声が響く。 「お母さんが死んだの」  無表情で答える。 「でも、良かったかも」と続ける。 「もうお父さんに殴られなくて済むから」  白い世界の向こうで影が揺らめいた。 「あれは誰?」     世界が回転し、少年は青年になった。青年は父親を殴った。 「クソジジイ。俺はあんたみたいにはなんねーからな」  吹き飛ばされた老人が毒付く。 「ふん、ほざけ小僧。予言する。お前は、儂みたいになる」  老人の哄笑。青年は老いた父を施設に放り込み顧みもしな

          「影」(元にした作品:川端康成『伊豆の踊子』)