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Moon Wood Dialy

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その名の通り、月曜日と木曜日に更新される約500文字の雑文。都内に住むある四十代会社員の虚実入り乱れた日常生活の記録。
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2022年9月の記事一覧

旅の終わりに

旅の終わりに

やっぱり、うちがいいわ

帰省から帰った両親が言うその台詞は、ただの負け惜しみだと思っていた。

大雨のせいで新幹線は新横浜を30分遅れて出発した。斜面を埋める家々にはもう明かりが灯っている。

旅の終わりは寂しいものだ。また普通の生活が始まる。雑用、責任、きちんとやれるだろうか?ラッシュ、渋滞、救急車のサイレン…。うんざりして旅先に逃げ戻りたくなった頃、列車は多摩川を渡る。

東京も綺麗だな。

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まるこめ男

まるこめ男

甥(6)が急に坊主頭になった。

数日前、彼の父が息子の散髪をしていたところ急にバリカンのアタッチメントが脱落、こめかみ辺りに不穏な剃込みが入った。慌てて隠蔽を図る父。しかしそれはむしろ逆効果で、なし崩し的に坊主頭になったという。無論本人はお冠である。

しかし大人の評判は良かった。特にその触り心地は凄い、そう聞いた私は彼の頭を撫で回してみた。すると、不思議なことに思考が活性化されるのである。その

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姫路城

姫路城

一般に城と鉄道は相性が悪い。

駅はたいてい古い市街地の外れにあり、新幹線の駅はさらに遠かったりする。ところが姫路駅の立地は奇跡的だ。駅を出ると、広いまっすぐな道の真正面に絵葉書のような優美な城の姿が望める。

それにしても美しい。美しすぎて現実味がない。つまり私は、意外に感動しない自分にがっかりした。映像や画像で見慣れてしまったのかもしれない。とはいえ、姫路に来て城を見ずに帰るのは映画館でポップ

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ヘニング・シュミートの音楽

ヘニング・シュミートの音楽

強い雨で数m先も見えない。

急にダンプが対向車線に現れてヒヤッとする。まあセンターラインの無いこの山道では、対向車線という言い方は正しくないかもしれない。

妻が山中にある雑貨店に行きたいと言い出した時、僕はあまり乗り気ではなかった。でも、特にやる事は無いし妻の機嫌も損ねたくなかったので出かけることにした。街道を曲がり勾配がきつくなった辺りで俄かに雷鳴が轟き、豪雨となった。那須ではよくあることだ

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世界が終わるまえに…

世界が終わるまえに…

「あした地球が滅亡するとしたら最後に何を食べたい?」と妻が聞いた。

僕たちの食の好みはことごとく違っている。でもそれは基本的に良いことだ。夫婦ともにケーキ、ビール、ラーメン、揚げ物などが好きだとしたら体重の増加に歯止めがかからなくなる。夫婦は互いに抑止、牽制し合う方が体には良い。とはいえ、あす地球が滅びるという最後の晩餐が夫婦バラバラというのもどこか間抜けではある。

妻には奇癖がある。開封した

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夕立ち

夕立ち

その黒い日産マーチは当時でもやや時代遅れの車だった。それでも、薄給をはたいて買ったその車を僕は痛く気に入っていた。

夏の終りに僕は彼女と伊豆へドライブに出かけた。青空の下、僕たちは砂浜にパラソルを立ててそこでずっと喋っていた。でも、あのとき何を話したのかはほとんど思い出せない。

午後遅く、ぬるい風が吹き始めたと思ったらすぐにひどい雨になった。僕たちは慌てて荷物をまとめて走った。広い駐車場ではず

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