マイノリティだからこそ見つけられる幸せを見つけていきたい人
難しいよね。何が? 何よ。なんだって? 幸せです。
幸せは難しい。その難しさは、何者かになる難しさに似ている。
何者かになりたい。幸せになりたい。
愛も難しいね。愛したい、愛されたい、結果、それは別に意地悪で言ってるんじゃなくて、それそのもの、愛、何者、幸せってそれだけ取ったら難しいよね。それは人それぞれだし。
だって結局それって言葉にしたら、愛っていうのは好きな人と抱き合ってるときのことだったり、何者っていうのが無名人じゃなく有名人になっていることだったり、幸せっていうのが何も考えずに何かに没頭している時間のことだったりするから。
だからそれ抽象的な言葉のままじゃ、具体に落としこまれてなければなかったら、けっこう難しい課題になっちまうんだよね。
昨日、スーパーで買ってきたアジの開きうまかった。この間、銀座のブルガリのバーでお酒おごってもらえた。気づいたら、100円拾った。
なんかさ、小さなことでもいいんよ。ただ、具体を持たなければ、いつまでたっても満たされないよね。そう、あの頃の私みたいに。じーん。
と思う2024年4月22日21時18分に書く無名人インタビュー737回目のまえがきでした!!!!!
【まえがき:qbc・栗林康弘(作家・無名人インタビュー主宰)】
今回ご参加いただいたのは みーちゃん さんです!
年齢:20代後半
性別:女
職業:不詳
X:https://twitter.com/ikidsuraimichan
現在:最初に言われたときは、仕事がなくなることが考えられなかったので、ものすごくショックだったんですけど。自分を見つめ直す時間ができたので、これはこれで良かったかなと思ってます。
erica:今何をされている方でしょうか?
みーちゃん:仕事を今、休職していて。比較的家にいることが多いですね。
erica:家では何をして過ごすことが多いですか?
みーちゃん:本が好きなので、本を読んで自分でノートにまとめたりするのに、1日で1〜2時間くらい時間をとっています。
erica:どんな本を読みますか?
みーちゃん:コミュニケーションの本を読んだりとか。あとは、私とパートナーが発達障害を持っているので、発達障害の本を読んで自分たちに役立ちそうなことをノートにまとめたりしています。
erica:休職は、今、何ヶ月目ですか?
みーちゃん:2月末からしているので、今1ヶ月半くらいになりますね。
erica:休職されてみていかがですか?
みーちゃん:最初に言われたときは、仕事がなくなることが考えられなかったので、ものすごくショックだったんですけど。自分を見つめ直す時間ができたので、これはこれで良かったかなと思ってます。
erica:これで良かったと思えるようになったのは、いつ頃ですか?
みーちゃん:最初の1週間は、休職になったことがものすごくショックで。もう、ほとんど何も手につかないような状態だったんですけど。
その後、いろんな友達に会ったりとか、同じ仕事をしている友達に会ったりして。これも何かの縁というか勉強だから、ゆっくりしなよって、いろんなことしなよって、挑戦したらいいよっていう風にアドバイスをもらって、1ヶ月くらいかけてゆっくり気持ちの切り替えができました。
erica:元々休職をしようと思っていたわけではなかったんですか?
みーちゃん:ある日突然、仕事に行けなくなってしまって。行けなくなったその日に病院に駆け込んで。病院でもうこれは休職するしかないですねっていうことで、ほとんど強制的に休職に入ったような形でした。
erica:今、1ヶ月半ぐらい経ってみていかがですか?
みーちゃん:今は1ヶ月半くらい経ってみて、職場のことが気になることもあるんですけど。就職してからこんなに自分の時間がゆっくり取れたことはなかったので、良かったかなという風に思ってます。
erica:みーちゃんさんとパートナーは、それぞれどんな発達障害を持っているんですか?
みーちゃん:私がASDって自閉スペクトラム症っていう発達障害を持っているのと。あと、ADHD、注意欠如多動症っていうのを持ってるんですけど。パートナーもADHDを持っていて。私はASDの方が強いんですけど。お互いにASDとADHDを持っている感じです。
erica:今は一緒に暮らされていますか?
みーちゃん:一緒に住んでます。
erica:一緒に住まれてみて、いかがですか?
みーちゃん:お互いの特性がすごくよく出るなと思って。例えば、ADHDって結構ぱっと思いつきで出かけようとか、何々始めようって言ったりするんですけど。
ASDの私は、新しいことを始めたりとか、環境が変わったりするのが嫌なので、それでぶつかったりとか、そういうことが結構ありますかね。お互いの特性が強くて最初は困ることが多かったです。
erica:それで、勉強をされているんですか?
みーちゃん:そうですね。それも含めて勉強しているんですけど。パートナーもお互いを理解したいなっていう姿勢で歩み寄ってくれるので。
例えば、2人ともお片付けが苦手なんですけど。私は物の場所がどこにしまったか分からなくなっちゃうので。パートナーが食器棚に、ここにはどんなお皿を入れるっていうのをテプラでラベリングしてくれて。
お互いが暮らしやすいようにどんどん家が変わっていってるので、最初一緒に住み始めたときの困り感は、だんだんなくなってきましたね。
erica:好きなことや趣味はありますか?
みーちゃん:読書が趣味ではあるんですけど。ちょっと変わった趣味だと、中国語を勉強するのが好きですね。
erica:どんなところが好きですか? いつ頃からされてますか?
みーちゃん:元々、漢字がすごく好きなので。高校生のときに漢字検定を取っていたんですが。
大学で中国語を学んでいたので、大人になってもスキルアップしていきたいなと思って。今も中国を続けて学んでいるっていう感じです。
erica:スキルアップは、何か目標があるんですか?
みーちゃん:そうですね。仕事は学校の教員なんですけど。中国語の教員免許も持っているので。語学って生ものだから、使わないとどんどん錆びていってしまうので。錆びないように、頑張って磨いてるって感じです。
erica:最近、印象に残っていることはありますか?
みーちゃん:私、解離性障害っていう病気を持ってるんですけど。解離性同一性障害っていう症状があって、多重人格みたいに人格が変わることがあって。
パートナーが、人格が変わったときの様子を動画で残しておいてくれるので、私に見せて見せてくれるんですけど。5歳って名乗る私がいたり、10歳って名乗る私がいたりとか。20代前半を名乗る私がいたり。
人格が変わってるときは記憶が抜けてるときと、抜けてないときがあるので。その動画を見ると、ものすごく衝撃を受けます。
erica:どんなところに衝撃を受けますか?
みーちゃん:例えば、5歳の子が夜中に出てきたりするんですけど。パートナーを叩き起こして、ママって呼んだりして。一緒に遊んでもらったりとか、粘土で遊んだよっていう報告を私が受けるので。そんなことしたんだって衝撃を受けます。
erica:記憶が抜けている、抜けていないはどうして判別できているんですか?
みーちゃん:この病気自体が、記憶を共有できる人格と共有できない人格がいて。この人格になったときの記憶はあるけど、この人格になったときの記憶は丸々抜け落ちてるっていう感じで。酷いときは1日の記憶がほとんどないときもあります。
erica:そういうときって、いつの間にか1日が経ったみたいな感覚ですか?
みーちゃん:そうですね。今日って何だったんだろうっていう風に思います。
erica:解離性障害はいつ頃から?
みーちゃん:休職になったときですね。さっき仕事に行けなくなって、病院に駆け込んだっていう話をしたと思うんですけど、その日にこれ解離してますねって言われて。
なので、2月の末くらい、1ヶ月半ですかね。
erica:診断を受けたときは、どんな気持ちでしたか?
みーちゃん:解離性障害って言われたときは最初信じられなくて。確かに記憶が抜けてることとかあるし、パートナーと言った言ってないの喧嘩がすごく多くて。言ってたじゃん、いや言ってないよっていう喧嘩がすごく多かったので確かにそういうことはあったんだけど。
解離してるということ、自分の中に何人も人格がいることが受け入れがたい気持ちでした。
erica:今はいかがですか?
みーちゃん:今は、だいぶ受け入れられるようになってきて。パートナーが私にすごく寄り添ってくれて、経過を見てくれるので。「どの人格も全部みーちゃんだよ」って言ってくれるので、それで私も受け入れられるようになってきました。
過去:自分にしか分かってあげられない子供の気持ちがあるかなと思って、教員を目指すようになりました。
erica:幼少期の頃はどんなお子さんでしたか?
みーちゃん:幼少期の頃は、1人で遊ぶのが好きな子供でした。今思えば、発達障害のASDの傾向がずっと強かったんだなって。
1人で遊んでいて、ものすごくこだわりが強かったりとか。あとは、大人が使う言葉遣いをペラペラ喋るようなちょっと変わった子供でした。
erica:何で遊んでいることが多かったですか?
みーちゃん:幼稚園生の頃に、泥団子で遊ぶのがすごく好きで。泥団子1個だけを作って、それを綺麗にピカピカになるように、大事に大事に遊んで。1週間かけてピカピカにしていくことが、大好きな遊びでした。
erica:泥団子はどうして好きだったんですか?
みーちゃん:やっぱり、自分の世界にどっぷり浸かれるのが多分楽しかったんだと思います。
erica:こだわりが強いという点は、どういう場面で出ていたか覚えていますか?
みーちゃん:例えば、小学校って席替えするじゃないですか。席替えをしたときに、自分の座っていた椅子から離れるのがものすごく嫌だったりとか。席が変わって、見える景色も変わるし、周りにいる人も変わるし。グループワークもするから、授業中の感じもまた変わるし。
同じ環境であり続けたいっていうこだわりがものすごく強かったです。
erica:それは学校以外でも出ていましたか?
みーちゃん:1番家族を困らせたのは、食べ物のこだわりで。ASDって感覚過敏があるので、好みの偏りがものすごく出やすくて。生野菜のシャキシャキした食感が、本当に駄目で、全然食べられないんですけど。家族がどうやって野菜を食べさせるか、よく困っていました。
erica:困っている家族を見て、当時のみーちゃんさんはどう思っていましたか?
みーちゃん:いや、無理なもんは無理って思ってました。
erica:そうなんですね(笑)小学校に入ってからは、いかがでしたか?
みーちゃん:小学校に入ってからは、こだわりが強かったり、食の好みが偏って給食があまり食べられなかったので、それが原因でいじめられることがあって。学校は苦い思い出がたくさんあります。
erica:この当時、好きだったことは何かありましたか?
みーちゃん:当時好きだったのは、音楽がものすごく好きで。 ジュニアオーケストラに入ったり、音楽部に入って打楽器をやっていたりしたんですけど、楽器にものすごく熱中していました。
erica:特に、こういう瞬間が好きだったとか楽しかったとか覚えていますか?
みーちゃん:1人で練習してると、打楽器って全然曲っぽくないんです。あとは楽譜とか見ても、何の曲か分からなかったりとか。ドレミがないから、何の曲か分かんなかったりとか。
1人で練習してるときはつまらないなと思うんですけど、それがみんなで練習すると、曲に彩りを添えることができるのが楽しいなと思っていました。
erica:中学校や高校に入られてからはいかがでしたか?
みーちゃん:中学、高校も、ずっと音楽漬けの日々っていう感じでした。
erica:当時のスケジュールってどんな感じでしたか?
みーちゃん:高校はオーケストラ部に入っていたんですけど。ものすごく強い部活に入っていたので、12時間以上学校にいて。もう家に帰ったら食事と、あとは睡眠だけ。
もう眠たくて、常に眠たくてしょうがなくて。お風呂で寝ちゃったりとか、あとは食事しながらウトウトしちゃうような、そんな日々でした。
erica:当時の生活に対しては、満足度を10段階でいうとどれくらいでしたか?
みーちゃん:日々の生活だと、満足度0っていう感じだったかもしれないですけど。本当に苦しいしきついし眠いし辛いしっていう風に思っていたんですけど。
演奏会や本番があったときは、自分のきつい、苦しいが報われて、0点がパって10点になるような感じがして、それがすごく楽しかったですね。
erica:0点から10点になるのは、どうしてですか?
みーちゃん:やっぱり、音楽って聴いてくれる人がいて成り立つものなので。聴いてくれた人が、すごかったとか感動したとか喜んでくれると、自分の頑張りが誰かの喜びに繋がって嬉しいなっていう気持ちでした。
erica:ASDの傾向は、高校時代はいかがでしたか?
みーちゃん:ASDの傾向って、発達段階によってちょっとずつ変わってくるんですけど。一方的に喋っちゃうことが多くなって。交友関係が上手くいかないことがちょくちょくありました。
erica:当時は、ASDだと分かっていましたか?
みーちゃん:当時は分かっていなかったですね。ここ1年で分かったので。
erica:一方的に話すことであったり、交友関係が上手くいかなかったりすることについては、ご自身ではどう考えられていましたか?
みーちゃん:当時は、そんなに意識することがなくて。私がしたい話ばっかりしちゃうんですけど。話をよく聞いてくれる友達と多分仲良くしてたんだと思います。
仲の良い友達も自然と聞き上手な友達。私が一方的に話すことをあまり苦としないような友達が最終的に残っていったような気がします。
erica:高校を卒業されてからは、どんな生活を送られていましたか?
みーちゃん:高校を卒業した後は、大学に行ったんですけど。教員免許を取るために、大学で勉強をして。あと採用試験に受かるように、勉強していた感じですかね。
erica:元々、教員になりたいと思って大学に入られたんですか?
みーちゃん:そうですね。本当に教員以外は考えないで、大学に入っていました。
erica:いつ頃から教員を意識し始めていたんですか?
みーちゃん:中学生くらいから、学校の教員になりたいなと思っていて。学校で上手く馴染めなかった経験とか、学校があんまり好きじゃないなって思った経験から、そういう「学校が好きじゃない教員」がいてもいいなと思って。
自分にしか分かってあげられない子供の気持ちがあるかなと思って、教員を目指すようになりました。
erica:大学で、免許取得に向けて勉強されていた日々はいかがでしたか?
みーちゃん:自分が学校が好きじゃなかったっていう一面もあるので。こんな私が教員になっていいのかなとか、子供たちに好かれるんだろうかとか、上手くやっていけるんだろうかっていうのを常に不安に思いながら勉強していた感じでした。
erica:実際に働き始めてみていかがでしたか?
みーちゃん:高校の教員なんですけど。子供たちが寄ってくるのがものすごく可愛くって。あとは年齢がまだ近いから、子供が結構いろんなことを相談してきてくれて。
あとは、パートナーがいると言ったと思うんですけど、LGBTの子供も結構相談してきてくれて。自分自身もLGBTなので、比較的寄り添って話を聞いてあげられるかなっていう感じでした。
erica:教員という仕事自体に関してはいかがでしたか?
みーちゃん:実際に働いてみると、子供のときには見えなかった仕事、先生ってこんなことしてるんだっていう仕事がたくさんあって。
本当は子供たちに100%のエネルギーを使いたいのに、学校自体の仕事が多くて。子供のために100%エネルギーを使えないっていうのがすごくジレンマでした。
erica:そのジレンマを感じ始めたのは、いつ頃ですか?
みーちゃん:働き始めて2、3ヶ月ですぐに感じ始めました。
erica:そのジレンマについては、どう考えていかれたんですか?
みーちゃん:やっぱり、仕事として割り切っていかなきゃいけないんだなって、働いていくうちにちょっとずつ折り合いをつけていって。
例えば授業の準備でいっぱいいっぱいになっちゃったりとか。逆に、部活のことでいっぱいいっぱいになって、授業の準備がおろそかになったりとか。
私がやりたかったことってこういうことじゃないなと思って、常にモヤモヤした感じが残ってました。
erica:教員としては、これまで何年ぐらい働き続けていたんですか?
みーちゃん:3年間が終わるところで、休職になった感じです。
erica:休職する直前の心境としては、どんな感情が多く占めていましたか?
みーちゃん:休職する直前は、子供たちのために、あれやりたい、これやりたいってものすごく動いていたときで。あれこれいろいろ頑張ってやってたんですけど。
大人同士のコミュニケーションが上手くいかなくって。そんなに子供たちに入れ込んで、仕事なんだからとか、こっちの仕事がおろそかになってって先輩の教員に結構怒られることも多くて、それでちょっとメンタル的に体調崩した感じでした。
erica:休職したことに対してショックと言っていましたが、何に関してショックだったんですか?
みーちゃん:明日から子供たちに普通に会えないんだっていうのがショックでした。
erica:病院を受診して、休職を命じられたわけですよね?
みーちゃん:そうです。
erica:その後の心境は、どんな過程を経ていきましたか?
みーちゃん:最初、子供たちに会えないのがショックだったんですけど。教員の友達にも相談をいろいろして、私が抜けたことによって代わりの担任とか代わりの顧問が入ってくれたんですけど。
別の大人と関わるのも子供たちにとっては勉強だよっていう風に言ってくれた友達がいて。その視点は私にはなかったので。子供たちには私がいなくちゃって最初は思ってたんですけど、
私がいなくなっても、これも子供たちにとっては勉強なんだっていう風に思って、気持ちを落ち着かせていって。今でも学校のことがものすごく気になるんですけど。自分が元気に復帰したときには、子供たちもきっと成長してるだろうから自分も頑張ろうって思えてますね。
erica:過去のことで、他にお話したいことはありますか?
みーちゃん:LGBTの話。あんまり自分で話さなかったなって思ったんですけど。パンセクシャルっていうセクシャリティで。付き合ったり恋愛したりするのに、性別が全く関係ないっていうセクシャリティで。今までずっと男の人と付き合ってきたんですけど。
2年前に今のパートナー、Xジェンダーの女性なんですけど。今のパートナーと付き合い始めたことを話さなかったなっていう感じでした。
erica:付き合い始めた頃は、いかがでしたか?
みーちゃん:自分がパンセクシャルだっていう自覚はずっとあったんですけど。実際に異性としか付き合ったことがなかったので。
本当に付き合えるのかどうか、本当に恋愛的に好きになるのかどうか不安でした。
erica:パートナーの方から、告白されたということですか?
みーちゃん:そうです。パートナーの方から付き合って欲しいって言われて、付き合い始めました。
erica:2年経ってみて、最初の不安はどうなりました?
みーちゃん:2年経ってみて最初の不安は全くないんですね。本当にみんなと同じように恋愛をしてるし、パートナーのことが人間的に好きです。
未来:世の中が変わって、こんな素敵なパートナーがいるんだよってどこでも話せるようになったら、多分後悔なく死ねるんじゃないかなと思います。
erica:5年後、10年後、あるいは亡くなる前まで想像してもらったときに、未来についてどんな理想をお持ちですか?
みーちゃん:未来に関する理想。難しいですね(笑)
生きている間に、同性婚ができるように法律が変わって欲しい。今のパートナーも私も戸籍上女性だから、婚約に準ずる関係ではあるんですけど結婚ができないので。
みんなと同じ権利がいつか手に入ったらいいなって思います。それが今一番欲しいものです。
erica:パートナーと結婚という形をとることが理想ですか?
みーちゃん:そうですね。最初は結婚っていうことにあんまりこだわっていませんでした。ただの法的な縛りだからこだわってなかったんですけど。
自分が解離性障害になったときに、入院するしないっていう話とかも出てきて。でも、今の日本の法律では、パートナーは家族として認められないっていう風に言われたのがものすごく悔しくて。
それでやっぱり、みんなが当たり前に結婚できているのが羨ましいから、自分たちも結婚したいなと思うようになりました。
erica:それは実際に言われたんですか?
みーちゃん:言われました。
erica:言われたときは、どんな気持ちが強かったですか?
みーちゃん:パートナーは自分の家族なのに、家族として認められないことが、なんでだろうってものすごくもどかしいような気持ちでした。
erica:同性婚が認められたら、みーちゃんさんはどんな気持ちになりそうですか?
みーちゃん:同性婚が認められたら、多分喜んで、同性婚ができるようになったその日に婚姻届を出しに行くと思います。
erica:その日なんですね。
みーちゃん:その日に出しに行きます。
erica:パートナーの方との暮らしについては、具体的なイメージはありますか?
みーちゃん:パートナーシップ制度に入れる自治体に住んでないので。家族に準ずる形で認めてもらえるパートナーシップがある自治体に、5年以内くらいに引っ越したいなって思ってます。
erica:これからのお仕事のイメージはありますか?
みーちゃん:仕事は今休職しているので。まずは、復帰をして、元気な先生になりたいです。体調も整っていて、メンタルも健康で、子供たちに元気な先生って思ってもらえるような、そういう先生になりたいなと思います。
erica:もし今言っていたことが全て叶ったとしたら、みーちゃんさんはこれから何をしそうですか?
みーちゃん:元気な先生として復職したり、同性婚が認められて結婚することがゴールではないと思うので。
それがずっと続いていけるように、例えば幸せな家庭を続けられるようにやっぱり努力していかなきゃいけないし、教員としてもきっとずっとスキルアップしていかなきゃいけないし、きっと満足することはないんじゃないかなと思います。
erica:これをするまでは死ねないというものは、何かありますか?
みーちゃん:学校で、子供たちや親や教員に、こんな素敵なパートナーがいるんだよっていうことを話せないような世の中なので。同性のパートナーがいることが、認められてないわけじゃないけど、まだまだ偏見があるから。世の中が変わって、こんな素敵なパートナーがいるんだよってどこでも話せるようになったら、多分後悔なく死ねるんじゃないかなと思います。
erica:パートナーと出会われてなかったとしたら、みーちゃんさんは今どういう生活をしていると思いますか?
みーちゃん:もし今のパートナーと出会ってなかったら、どうなってたかな。自分がASDだっていう診断を受けるきっかけになったのはパートナーなので、多分ASDだってことにも気づいていなかったし。
あとは、パートナーも教育関係に携わっている人なんですけど。子供たちへの教育にすごく熱意がある人だから。私はパートナーが多分いなかったら、もう3年間働いてた今頃は、教員という仕事を本当に仕事としてしか認識できなくなっていたと思います。
教育に対する熱とか、子供たちのためにこんなことしたいとか、そういうのがなくなってたと思います。
erica:ASDと分かった瞬間は、いかがでしたか?
みーちゃん:ASDだって分かったときは、安心という言葉が一番ぴったりくると思います。
私ASDだったんだ、じゃあこれからどうやって生きていこうかなっていう風に、未来のビジョンが広がったので。診断されたときは安心が一番近いと思います。
erica:どうやって生きていくかという点に関しては、ご自身では何か見つけられていますか?
みーちゃん:こだわりが強かったりとか、あとは白黒思考を持っているとよく言われるんですけど。
良い言い方をすれば、正義感が強かったりとか、とことんこだわる性質があると思うので、そういう強みをいろんなところに生かしていきたいなっていう風に思うようになりました。
erica:最後に、何か言い残したことはありますか?
みーちゃん:私は発達障害も持ってるし、解離性障害も持っているし、セクシャルマイノリティなんですけど。
でも、いろいろとマイノリティの一面を持っていても幸せに生きていたいなというか。マイノリティだからこそ見つけられる幸せを見つけていきたいなと思ってます。
あとがき
普通って何だろう?と、高校生の頃の私はよく思っていました。
変わり者が集まると噂されていた母校。
実際に入学してみたら、普通の人だらけで一安心したのを覚えています。
好きなことに愚直に、自分の欲望のまま動きつづける。
彼らにとっての普通は、誰かにとっての変だったようです。
普通なんて、どんな環境にいるかによって、如何様にも変わると思うんです。
それくらい流動的なもの。もしかしたら、存在しないかもしれないもの。
でも、普通から外れることを恐ろしく思ってしまうのはなぜなんでしょう?
普通から外れた先で、孤独を味わうことが怖いのかもしれません。
それでも、誰か1人でも自分に寄り添ってくれる人がいたとしたら?
それは何にも変えられない、小さな幸せなんだと思います。
【インタビュー・編集・あとがき:erica】
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