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恋人ごっこ遊び。

わたし好みの、塩顔がとにかくタイプだった。
サラサラのマッシュヘアは、韓国人のような雰囲気で、服装もモノトーンが多かった。

彼を初めて見たとき、思わず「顔がタイプです」と言いたくてたまらない衝動に駆られた。

共通の友達を通して仲良くなり、私はとうとう、それを彼に伝えてしまった。
彼は笑ってた。「面と向かってそんなこと言われたの初めて」と、爆笑に近い笑いで返された。

それ以来、挨拶代わりに会えば言っていた。「わたし好みのイケメンだ」と。もはや、私にとってのアイドルみたいだった。


好きなのは、顔だけ。
どこからともなく、悪い噂ばかりを耳にする。火のないところに煙は立たない、とはまさにこのこと。

どうして、良くないと分かりながら、気になってしまうのだろうか。
顔がタイプだからという理由はよく分かっていた。自分好みというのは、なににも勝てない。抗えない。


ある日、みんなで夜ご飯を食べた帰り、解散後にこっそり二人で落ち合った。向かった先は、私の家。
お互い恋人はいなかったが、友達に気づかれまいとする、初めてのスリルは、とてもドキドキした。

いま振り返ると、大学生のノリとは甚だ恐ろしい。
顔がタイプというだけで、なにをしても許してしまう自分のアホさ。〝かっこいい〟は正義だった。


その後お互いの気分と時間が合えば、授業終わり、バイト終わりに、彼はふらっと私の家に来るようになった。
その時間はとても穏やかだったと思う。

二人で映画を観ることが多かった。
どこかに出かけるでもない。ただただ、二人してダラダラと過ごしていた。

心ない「好き」を言い合った。こんなに虚しい「好き」は初めてだった。
それでも、冗談めかした会話は、よっぽど恋人らしかっただろう。

ひたすら、甘い言葉をたくさんかけてくれた。
恋人ではないから、喧嘩もしない。する必要がない。
一緒にいて落ち着くが、適度な距離感もちょうど良かった。


あの時間は夢心地の気分だった。
彼と会った後は、虚しさよりも、陽だまりのようなポカポカとした暖かさに包まれた。

〝友達以上恋人未満〟〝都合の良い関係〟

私たちの関係がその言葉に当てはまるかは分からないが、私はその曖昧さが良かったと今でも思う。
壊れなくていい関係だから。そもそも、お互い恋人の関係は望んでいなかった。

言い訳に聞こえるかもしれないが、本当にちょうどいい関係だった。
友達にすら気づかれない、二人だけの秘密の関係。

周りに言わなかったのは、そのスリルを味わうためだったのか。やはり咎められてしまうと分かっていたからだろうか。
この曖昧な関係を表現するのが難しかった。


大学を卒業してからは、私がその土地を離れたので会えなくなった。

それでも、たまにLINEが来る。〝みんなでまたご飯に行こう〟とか、他愛もない会話。
私にかけてくれる言葉は、相変わらず甘くて優しい。

ずるずると、名前があるようでない関係を続けていた。



さすがにお互いもう大人だ。恋人もいる。

友達に戻るとか、そういうことではないが、以上でも未満でもない関係から、表現できる明確な関係になった。と思う。


なんだか、永い夏休みが終わった気分だった。



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