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甘酸っぱい秘密。

自分のことを「僕」と呼ぶ人だった。
背が高く、優しい雰囲気を纏いながら、向上心は高く、自分の意見をはっきり言える人だった。


大学3年生のときに履修した授業は、30人弱のクラスで、ディスカッションが多かった。そこで、1つ年下の彼と知り合った。
共通の知り合いを通して、その授業の間、彼と話すことがなんとなく増えた。適度な距離感で、挨拶程度に言葉を交わす時もあれば、授業の合間を見てプライベートの話をすることも。

すごく話しやすい雰囲気と、人懐っこい笑顔が、私にとって居心地良く感じた。

1週間に一度、90分の授業で彼と言葉を交わすことが、気づけば私の楽しみになっていった。


当時私には同じ大学の彼氏がいたし、彼にも年上の彼女がいたらしい。
何度か〝写真見せて〟とお願いをしたが、頑なに拒まれた。相手は社会人だと言っていた。


そんな彼に、ある日ご飯に誘われた。

大学生らしくその辺の居酒屋に行くものだと思ったら、素敵なビストロのお店に案内された。一気に緊張が走った。
〝社会人の彼女がいると、そんなものなのかな〟
なんて考えで気を紛らわし、自分は彼氏とおうちご飯か、可愛げもない居酒屋ばっかりだなぁ、と比較した。
ちょっとした贅沢が嬉しかったし、その反面後ろめたさもあった。

年下のくせに、〝僕が誘ったので〟とお会計をサラッと済まし、なんてスマートなんだろうと感心してしまうほど、とても紳士的だった。


頻繁に連絡を取るわけでもなく、ただ週に1回の授業が一緒というだけで、彼とはその後、特に関わりを持つことはなかった。

私は短期留学に行き、帰ってきてしばらくして3年付き合った彼氏と別れた。

立ち直るのに、あまりにも時間がかかった。
そのせいか、その頃の私はちょっとおかしかった。表向きは、大丈夫なフリをして。


そんな時、彼からまたご飯に誘われた。

〝風の噂で聞きました〟と、私が別れていたことを知っていたらしい。
〝僕も彼女とけっこう前に別れたんですよ〟と言われた。

ご飯屋さんから、歩いて行ける距離に海があったので、私が行きたいとリクエストした。
〝お互い淋しいね〟と、ぼーっと波の音を聞きながら海を眺めた。月と星がとても綺麗で、海が静かに照らされていた。

手が触れるくらいの距離感。
正直、淋しさで温もりに飢えていた私は、彼に触れたいと思ってしまった。
それが伝わったのか、〝大丈夫です、そのうち立ち直りますよ。時間が解決してくれます〟と言って、彼は私を抱きしめてくれた。涙が溢れそうになるくらい、心がぎゅっとなった。


本当に、彼とはそれきりだった。


卒業のちょっと前。〝またご飯行きましょうね〟と彼からLINEが来た。
〝いつでも行けるよ〟と返したら、
〝ほんとは好きでしたよ。また会えたら良いですね〟と返事が来た。

LINEを返すか迷って、私は既読無視をした。


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