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履き違えの世界(1)

靴は対だ
みぎあし ひだりあし
ふたりでひとつ

だけど片方だけ道端に転がって居ても
わたしたちはそれを”靴”と呼ぶ
く だとか つ ではない

不完全なその靴は
誰かの履き違えで生まれた


わたしは靴を履き違えてはいないだろうか
M1400は答える
「今日はちゃんと黒と黒ですよ」

間違いに気付くスピードは
秒速 2cm ミュートで近づく

ふわりと包まれた頃には
僕はもう履き違えの世界の住人だ

この世界では全てが履き違われている
だからもう 履き違えてないことが 履き違えてることになる

僕は途方にくれる
対の靴を履いていても
僕はなにかを履き違えているし
これでいいのか と
片足を脱ぎ捨てると
それは 君から見ても なぜだか僕から見ても
履き違えている

困ったことに この世界では
履き違えないようにすること自体が
この世界を履き違えてることになる

ただ居ればいいのだ
ただこの世界に留まって
秒速 2cmの緩やかな間違いに胸をあずけ
履き違いのなかで恋をして
履き違いのなかで年をとればいい

そうしていつかは風が吹き
この履き違えの世界は
街の向こうに移動する

雨よりもずっと小さな粒たちが
ゆっくりゆっくり吹かれてく


僕よ、答えなど用意するな
この世界にそんな野暮な概念はない

つぎのおはなし

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