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レジリエンス ⑦EMDR療法

トラウマと言っても、大災害や事件、事故、性暴力、虐待などの、命の危機に瀕するものばかりとは限らない。

誰かから悪気なく発せられた言葉や行動、一見些細に思える出来事など、その原因やきっかけは千差万別だ。

ところがそうした原因の軽重によらず、激しいフラッシュバックや、不快な全身症状、うつ状態など、重篤なトラウマ症状に苦しむ人が少なくない。

それらの症状に対して効果があるとされているのが「EMDR療法」である。

「EMDR療法」(Eye Movement Desensitization and Reprocessing=眼球運動による脱感作および再処理法)
は1989年、アメリカの臨床心理士、フランシーヌ・シャピロ博士によって発表された。

これは、人が元々持っているレジリエンス(自己治癒力)や、ポジティブな経験を引き出し、トラウマになっている記憶を再統合して「過去を過去にする」療法と言われている。

過去の事実は変わらず、辛い出来事の記憶が消えるわけではないけれど、治療を通じて記憶を「今、目の前にある危機」ではなく「かつてあったこと」として消化できる形にするのだ。


※以下はあくまでも私個人のEMDR体験である。まったく違うアプローチの心理士もおられるだろうし、クライアントに応じて、いろいろな進め方がある。

私の「EMDR療法」では、まずはトラウマに対する評価が行われた。

どのようなトラウマがあって、感情や身体症状がどのように表れ、それを私がどのように捉えているのか。

私は毎回、はじめに簡単なチェックシートに答えた。

カウンセラーはその場で集計し点数化する。
そして前回と比較して分析し、どうアプローチするかが決められた。

①まずはリラックスした状態で「今・ここ」の「安心・安全」を確認する。

②当時のその場面に記憶をアクセスし、トラウマの原因になった体験を想起する。

③カウンセラーが指を左右に振り、頭を動かさないように目だけで指の動きを追いかける。

④20~30回往復したところで中断し、深呼吸。再び浮かんでくるイメージを確認する。

⑤そのイメージが、不安や恐怖などの苦痛を感じることなく浮かんでくるまで、数セット繰り返し続ける。

➅カウンセラーが解釈を交えて話し、物事のあるべき捉え方を一緒に考えていく。

⑦再度振り返り、残っている違和感があれば、これを繰り返す。
そうして少しずつ普通の記憶として処理されていく。


いきなりトラウマ記憶にアクセスするのではなく、最初は準備運動として、カウンセラーの出すキーワードから映像を思い浮かべる練習をした。

意識を集中して頭に浮かぶ映像(風景、人物、何でも良い)と一緒に、指を目で追う。

指を目で追って、中断、深呼吸のつど、「今何が見えていますか」とか「何か変化はありますか? それとも変わりませんか?」などの声かけがある。

質問に答え、新たなイメージ・映像を思い浮かべながら、また指を目で追って、中断、深呼吸を繰り返す。

私は、そんなふうにして順番に、自分で自分の心の奥に入っていく練習をした。


練習の中の「悲しみ」というキーワードの時、私はどういう訳か、事務服を着た20代くらいのOLの姿が思い浮かんだ。

それは、知らない人のようにも、自分の姿のようにも思えた。

オフィスの光景→仕事に追われている→一度にたくさんの案件→失敗、不安、恐怖で怯えている→動けない→しゃがみこんで泣きそう→動けない→コピー機を蹴り飛ばす→書類が散乱→なおも蹴る、蹴る、蹴る→嫌だ!と叫ぶ→走って逃げる→外→明るい光

このぐらいの段階を経て「悲しみ」のキーワードは、ようやくクリアとなった。キーワードは「怖い」「怒り」「苦しい」など、いくつも出された。


やがて練習を終え、本題のトラウマ記憶に取り掛かると、思い浮かぶイメージは次々と変化していくが、簡単には不快感が消え去らない。

カウンセラーは、少しずつ角度を変えて質問したり、一旦中断して違うアプローチをしたりして、ゆっくりゆっくり溶かしていく。

イメージの中で、敵が現れれば殴ったり蹴ったり、大声で助けを求めたりするように促された。今の私が当時の私を救いに行ったり、抱きしめてあげたりすることが重要だそうだ。

そして、それを考えた時の苦痛の度合いを、1から10のどのあたりかと、何度も数字で確認された。苦痛が0と答えられるようになれば、ようやく完了するのだ。

「目で追う、中断、深呼吸、新たなイメージ、目で追う……」
と繰り返しているうちに、封印していたものが出てくることもある。

それらをやり過ごしたり、逃げたり、闘ったりしているうちにやがて、頭がぼんやり、ふわふわしてきて、少し離れた所から見ているような感覚になる。

毎回、ものすごく疲れた。帰り道はまるで、小学校のプールで散々泳いだ後のようにフラフラになった。


「どれだけ」や「どこまで」かは人によって異なり、ゴールもまた人それぞれ違うのだろう。

「いろいろありますけど、どれをやっつければいいんでしようか?」
と、最初に私が問うた時、カウンセラーは
「これからを生きていく上で、重くて、苦しくて、枷になるものは全部、やっつけてしまいましょう」
と朗らかに言った。

その言葉はとても頼もしく、私は、何だか本当に、どんな苦しみでもやっつけられるような気がした。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。もしも気に入っていただけたなら、お気軽に「スキ」してくださると嬉しいです。ものすごく元気が出ます。