掌編「海月姫」

朝がやってこない。
私にはわからない。
きっと誰かが願ったことで、それを誰かが叶えたのだろう。

今の私には都合がいい。ずっとこうしていたいから。
ずっと部屋に引きこもっていた。いったい何のために生きているのかわからない。生きたいと思えない。だからずっとこうしていられる今はとてもありがたい。明日のことを考えずにいられる。

今日も最悪な気分でベランダに出る。
ここから誰かが連れ出してくれるわけも、助けてくれるわけもない。

「もういっそのこと」と乗り出してしまいそうになる。
それを、お気に入りのコーヒーで引き留める。

「ああ、月が綺麗だな。」
眩しさで目をそらす。
眼下の町はとても静かで、深海にいるよう。

ふわっと不意に何かが空を泳ぐ。
瞬間、現れたのは、輝く海月たち。
綺麗で騒がしい異常気象。

今の私にはこんな景色、必要ない。やめて。

また、目をそらして、真っ暗闇に逃げる。

ああ、ほんと、これからどうしたらいいんだろう。
誰か、会いに来て、私を連れ去って。

そうして数分前の私が、また顔を出す。
抜け出せないループ。
瞼の裏から涙が落ちて、息ができなくて。
いつの間にか呑まれた濁流から顔を出す。

見上げた空は、嫌になるほど綺麗で。
いつかの思い出がフラッシュバックする。

愛しいあなたの声が聞こえる。
「水族館って異世界だ。
いつかこの目で本当を見に行きたいよね。」
だけど、あなたの顔は見えなくて、目の前の夢が歪む。

目の前にあった月が迫ってくる。
海月は門出を祝うように、一層騒がしく踊って。
今にも霞みそうな”それ”に手を伸ばした。

「消えないで、行かないでよ…!」

夢の中で叫んだ。
私は、目覚めて、「  」へと帰ってゆく。