【1/13】キチゲ開放おじとの邂逅。ネアンデルタールニキ【23歳夜勤フリーターの日記】

 今日は変な客が来た。普通に買い物をして普通に出ていったかと思ったら、店を出た瞬間腕をぶんぶん振り回して爆走してゆき、遠くのほうから「うおおおおおおおぉー----!!っゆいいいいいいいー------っ!!!↑↑↑」という叫び声が聞こえた……怖すぎるだろ。店内で発狂せずに耐えてくれたのが唯一の救いか…

……

色んな人がいるよね。これだからこの世界は面白い(震え声)

 チラ見してポイした世界史を分かりやすく解説した本を読み直すことにした。凪(バイト中人も業者も来ない暇時間)の間に小説を読むことで活字とバトッてきた今なら学生時代に拒否してきた「社会科」をインストールできるのではないかと思いリベンジを申し込む…!(ほんとうにどうか引かないでほしいんですが、わたくしマジで「しゃかい」の勉強から全逃げしたおかげで47都道府県すら満足に答えることができません。ほんとうにほんとうに終わっている。また、「俺には日本という島国は小さすぎて覚える気がしねェ、やっぱ世界っしょ!」とのたまって購入し壁に貼り付けた世界地図も3日め以降視界の端にすら入れてない、ので当然世界規模で考えても僕の「しゃかい」ステータスはハナクソです。)
手始めに文明のはじまりから履修していると早速気になることが。今から60年前、ネアンデルタール人と呼ばれる「旧人」がいたそう。そいつらの化石の周りから花粉の化石も発見され、この時代に死者を花で囲んで埋葬するという「死者を弔う精神」があったと考えられているのだとか。
 彼らネアンデルタールニキはどんな思いで死者を葬ってたんだろうか?そこに悲しみはあったのだろうか、生前そのサピを愛していたのだろうか?そもそも愛情や悲しみという概念があったのだろうか?気になるねぇ。花で囲むという行為もなんか知性を感じるよな。「この下に生えてるキレイなやつ、動かなくなったやつの周りに撒いたらなんかイイ感じウホねぇ」とか考えてやったのかな。それでもって現代人の感性が当時からあまり変わってないんだな、ネアンデルタールの方々も言語化こそできないものの今の我々と変わらない感覚をもっていたのかもしれないな。

 帰りにセブンイレブンに寄ってドラゴンボールの1番くじ3回引いた。全部ハズレだった。


きょうの大喜利訓練:メルヘン八段の試験内容とは


・妖精しゃん口寄せ実技

・蝶々を三日三晩追いかけ続ける

・白馬の王子様錬成RTA

・妄想を実体化させる

・3けたの四則演算


むずかち~

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