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保育園帰りのパンはお風呂上がりのアイスかもしれない

 「パン、パン」
 保育園のお迎えに行くと、第一声がパンである。
 「パン、パン食べたい」
 保育園からパン屋さんまでの道を覚えているので勝手に歩いていく。たたたたーと歩いて、エレベーターのボタンを押して、お店に入って、自分でアルコール消毒しようとする。ポンプに手が届かないので私が手伝う。

 エン様(子どものあだ名)はこのお店の黒豆パンが大好き。
 「まめパン、あったー!」
 今日は黒豆パンがあった。人気で売り切れの日も多い。黒豆パンをトレイに取ってレジに進む。お金を払って袋に入ったパンを渡す。大切そうに持って、店の外へ出る。

 パンを食べる場所は気分や天候によっていろいろ変えている。ここにする、と決めると自分でベンチに座る。はい、と袋を開けてとお願いしてくる。袋から出して渡してあげて、パンを食べ始める。

 「おいちい!」
 まだおいしいと言えないのが可愛い。うんうん、美味しいのが一番や。

 パンを食べながら、いろいろお話してくれる。今日保育園で何が楽しかった? と聞くと
 「ダンダン」
 からだダンダン体操の大ブームで、家でもずっと腕を叩いている。カニさんカクカク、海藻体操、こどもザウルスどっしんどっしん、忍者、全部真似している。日に日に踊れるフレーズが増えている。
 他にも仲良しのお友達や先生のことを話してくれる。

 私からも今日何をしていたか話す。
 「ママもお仕事頑張ったよ。今日はスライド作ったよ。おじさんと会議したよ」

 近くを自分と同じくらいの子が通ると「おたち(お友達)」
 鳩がいると「ぽっぽ」
 電車の発車音がすると「でんしゃ、でんしゃ」
 おもむろに「パパ」
 パパは今日電車で仕事行ってるよ、あるいは家で仕事してるよ、と教えてあげる。

 なんやかんや喋ったりしながら、パンを食べるのに30分弱かかる。だいたい半分~3分の2食べる。気付いたら18時前。ここから少し遊んで、家に帰り夕飯を食べる。





 私としてはパンを食べさせたくない。家でしっかり夕飯を食べてほしい。
 パンパン言い出した頃、保育園の食事が足りてないのかと思い、先生に聞いてみた。しかし園ではお腹が空く様子はないと言う。
 先生の言うことを信じていないわけではないが、若干疑問は残る。巨大ベビーで1歳9ヶ月にして3歳児と間違えられる体格なので、他の子と同じ食事量で足りるはずがない。給食の写真を見ると、週末の家での昼食より少なく感じる。降園後にパンを食べても家の夕飯は結構食べる。でも給食の量は増やせない。
 パンパン言うエン様を無理矢理違う方向へ連れて行こうとするとうぎゃーーー! と泣いて海老反りになって抵抗する。結局私が根負けして毎日お迎えパンライフ。パン屋さんに毎日100円、1ヶ月最大2,000円売上に貢献しているが、私としては不本意である。

 パンを買うべきなのか、買わずに強行突破すべきなのか―――。

 

 ここ1ヶ月、保育園の行き渋りが激しい。前はニコニコ自分で入って行ってたのに、家で「保育園」のワードを出すだけでイヤ、家を出るのも嫌がり、保育園と逆方向に行こうとする。無理矢理保育園に連れて行くも、ギャン泣きでママー! と叫び、先生に連行される。ある時は預けた1時間後に「泣きすぎて吐きました」とお迎え要請が来た。お迎えに行ったらニコニコで、もちろん熱もなく、楽しく遊んだ。それでも翌日、またギャン泣き登園だった。
 園では楽しく過ごしている、と先生は言う。でも本人は、できることなら家でママやパパと遊びたいのかもしれない。「かもしれない」じゃなくて確実だと思う。

 お迎え後、パンを食べている時はママとゆっくりお話できる。お友達と遊んだこと、先生のこと、ダンダンのこと、電車に乗りたいこと、新幹線に乗りたいこと、水族館にもう一回行きたいこと、ぽっぽっぽーはとぽっぽー、ぶんぶんぶん、はたらくくるまの歌。ママに話したいことはいっぱいある。

 もしそう思ってお迎え後のパンタイムを過ごしているとしたら。パンは100円かもしれないけど、この30分はプライスレス。

 まぁ本音はパンが食べたいだけかもしれないけど、分かる由もない。


 私たち大人は花金にビール開けたりお風呂上りにアイス食べたりできるけど、エン様は自分で自分の機嫌を取る手段がなかった。それが、パン屋さんまでの道を覚え、お迎え後一目散にパン屋さんへ行くことで、黒豆パンかドーナツをゲットできることがわかった。こりゃあ使わない手はない。毎日保育園がんばったご褒美に、パン。ママと一緒におしゃべりする時間。

 こうして私とエン様のパンライフはまだ少し続きそうである。でも私は知っている。いつの間にかミルク飲まなくなったし、ハイハイしなくなったし、太もものふわふわお肉がなくなったし、ばぶーって言わなくなったし、宇宙語から日本語らしい発音に変わってきているし、ある日ふと最後の日が訪れる。パン屋さんにダッシュするのもある日突然終わるかもしれない。その日が来るまで、エン様の好きなように過ごしてあげようと思う。

《終わり》

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